[ここを呼ぶ声]
猫の目通りの怪談って知ってる?
猫の目通りっていうのは、あそこ。町を貫いてるあの通りを中心に大きくくの字になった道が両側にあるだろう?あれを3本合わせると、まるで瞳孔を細めた猫の目みたいだから、猫の目通り。
南側の道を猫の表通り、北側を裏通り、そして真ん中を猫の中通りっていう。
その猫の目通りの、真ん中の道、つまり猫の中通りの、ちょうど表通りと裏通りの曲がったところ同士をつないだ直線の交点になるところ、そこに出るんだってさ。
猫の瞳の端と端をつないで、それと真っ直ぐに引き絞った瞳孔との垂直に交わった交点。役所裏手の、向かいに空き地がある、少し寂れたところ。一応大きな通りなのに、部分部分にこうして寂れたところがあって裏路地みたくなっているのは、迷路のように入り組んで脈打つ地下道と、そっぽを向いて建っている建物の所為だ。
原因ははっきりしている。
猫の目通りが猫の目通りになるずっと以前、今の猫の中通りになっているところより北側は、ずーっと大きな林だったからだ。林を背にして町を作り、建物は林を背負うように造られた。
だから、猫の中通りから南側、猫の表通りまでは割と昔から住んでいる家が多く、反対の猫の裏通りまでは林を切り開いた後で新しく移り住んできた人たちが多い。もっとも随分前の話だし家は建て直すから、見た目にはどっちもどっちな感じだ。
新しく拓いたところの方が一般に進歩のスピードは速い。今では猫の裏通りの方が便利で交通量も多いのだけれど、そんな訳でいまだに南側の通りが表通りと呼ばれている。
猫の目通りの怪談。
出るんだってさ……
「何が?」
お化け。
「化け猫?」
馬鹿だなあ、と笑う。
「猫の目通りなんて、そんなの後からついた名前だろ?」
あそこに出るのは、もっともっと古いものだよ。
「子供を食べる?」
「食べない。攫うことはあるかも知れないけど」
笑いながら脅す。
この空き地はさあ、ただの空き地じゃないんだ。役所の……昔、役場だったころ、裏の林には他人には見られちゃいけないものを隠す場所があったんだ。見られちゃいけない、いろーんなもの。
だから、林を切り開いて、どんどん建物が建ったのに、ここだけこんな風にぽつんと残ってしまった。年寄りはみんなここにはヤバイものがあるって知ってるからな。
ホントは、一回だけここに建物を建てようとしたことがあったんだ。他の建物と同じように。けれど、その工事が何故か失敗に終わって、土地を買った持ち主が行方不明になっちゃって……それからそのまんま。向こう側にも高い建物が出来て、覆うように両側から隠されて、日も当たらなくなっちまったから、ここは中途半端に残ったまま、誰も何にも建てようとしない。
「工事の失敗って、もしかして、その……崇りとか?」
「さあね」
喉の奥で、くくっと笑う。からかわれたのかと、少年がむくれた。
「何にせよ、人間が住んじゃいけないところってのはあるもんさ。前から住んでたもんを追い出して、横取りなんかしちゃいけない」
あそこには人が隠したものがあるだけじゃない。見られちゃいけない、見ちゃいけないものがあるんだ。
あきらー、と遠くで呼ぶ声がする。
「もう行きな。じき暗くなっちまうぞ」
追い払うようにしっし、と片手をひらつかせる。少年が、でも、と言い淀んだ。
「猫ならもう諦めな」
裏路地へ逃げ込んだ猫を追ってここまで来たのだ。確かにこっちへ来たと思ったのに、何か声がしたと思ったのに見失ってしまった。その代わりに、彼と会った。
「あきら……炯っ!お前、猫だけじゃなくってお前までどっか行ったのかと思ったぞ?返事くらいしろよ」
「え?あ、ごめん」
いつの間にかすぐ傍まで来ていた友人に後ろから声を掛けられ、もう一度振り返った時にはもう彼の姿はなかった。
にゃーん、と鳴こうとする猫の口をやわらかく塞ぐ。
「瞳炯らかにして、以って巳を治める……か。流石に名前の呪が強すぎて攫えねーよなあ」
炯炯と、って風には見えなかったけど、と少年の怯えたような瞳を思い出して苦笑する。
巳は蛇、五行では火。奇しくも、炯はかがやく火。炯炯とは、鋭い目を表す。
「名前負けすんなよ、炯 治巳」
にやりと笑う。今日はこの猫を代わりに連れていこう。けれど。
「あんまり無用心だと知らねーぞ」
俺が見つけた。誰にも横取りなんてさせない。あの林のように、失ったりはしない。
誰にあの清々しく伸びるだろう若枝を折らせようか、あの若枝の花を盗むのは自分以外の誰にも許さない。
「なあ、炯、お前何であんなとこまで行ったんだ?」
「え?……うん、なんか、呼ばれた気がして、さ」
猫の目通りの中通り。鬼が出るか蛇が出るか……。
――――ここで呼ぶ声。心を呼ぶ声。
*この話は「アキラハルミ・横取り・猫」の三題企画です。