僕の友達、以前紹介しました父親が超厳格で日々苦しんでいたやつですが名前は辻(仮名)というんですが

 

そいつのエピソードをもう一つ紹介します。

 

学生時代僕たちの仲間はほとんどが長髪でした。そして、ブカブカのパンツをはいたり、逆に歩くのも苦しいぐらいの細身のパンツをはいたりするのが

僕たちの間の流行でした。

 

辻も現代の若者です。そういうファッションに興味を持っていました。

 

しかし厳格な父親がそれを許すはずもありません。

 

頭髪は耳が隠れると駄目、後ろ髪はシャツの襟にかかると駄目、という具合でしたから、

ブカブカのパンツやピチピチノパンツを許すはずもありません。

 

 

まるで道徳の教科書に出てくるようなファッションを彼はしていました。

 

辻もよっぽど流行のファッションがしたかったのでしょう。

 

 

ある日、彼はカツラを購入してきました。それはかぶると肩ぐらいまでの長髪のパーマヘアーのカツラでした。

 

 

そして、どこの店で見つけてきたのか紫の絞り染めの背景をバックに真っ赤な日の丸 が胸元に大きく染められた

奇妙キテレツナTシャツとブカブカズボンを僕の家に持ってきました。

 

 「おい!見てみ!これで俺もカッコよーなるで、女もウジャウジャ寄ってくるで。」

 

辻は大喜びです。買ってきた三種の神器、カツラ、Tシャツ、ダボパンをひとつひとつ手にとり、うっとりしています。

 

早速、その秘密兵器を辻は身につけ、僕たちはミナミの方(大阪の繁華街です)へ遊びに行きました。

 

しかし、辻のカツラは安物のせいか、どう見ても不自然なのです。

 

頭の上にワカメをかぶせたような感じなのです。

 

女がウジャウジャ寄ってくる よりも 魚がウジャウジャ寄ってきそうな感じです。

 

 

おまけに辻が階段を先に下りるときなど、 カツラの頭頂部あたりに網目のようなものが見えるのです。

 

しかし、そんなことは今の辻には言えません。

 

やっと、憧れの長髪になれ、流行の?衣装を身に付け、可愛い女の子とすれ違うたびに、

 

「あいつ、俺のこと見とったで、俺に気あるんちがうか?」と 平和な勘違いをして嬉々としている友人に

奈落の底に突き落とすようなことは僕には出来ませんでした。

 

 

 

(あの子が見ていたのはワカメをかぶせたようなおまえの頭と趣味の悪いそのシャツにビックリしたからやろ)

なんてことは僕には言えませんでした。

 

 

嬉々として、ミナミの繁華街を闊歩する、まさに彼の絶頂期に悪夢は起こりました。

彼がケーキ屋の前を通ったとき、

いらっしゃいませ! ケーキいかがですか?」

 

可愛い女店員が僕たちに声をかけました。

 

辻 「オッ! うまそうやなー」

 

と立ち止まり、ケーキ屋のショーケースの前で中腰になり、熱心にケーキを眺めはじめました。

女店員は、これはカモかもと、熱心に「オイシーですよ!いかがですか?」

 

と彼にケーキを勧めています。そして、ハッとしたような顔になり

 

 

彼の頭のあたりを、口を閉じるのも忘れて半開きでジーット見つめています。

 

 

 

 

 

そして、しばらく熟視、やがて口元を手で抑え笑いを必死にかみ殺し奥に逃げていきました。

僕はこれ以上ここにいるのは彼の名誉のためにもならない、と判断し

「おい!もう行こ!」 とオモワズ、本当にオモワズ彼の髪の毛をつかんで引っ張ってしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スポッ! 彼のカツラが見事にはずれました。

 

 

 

 

 

 

 

一瞬、何が起こったのか判らない彼はしばらくボーッとしていましたがやがて、

 

 

 

 

僕の手の中にある彼の分身を見つけ、すべての事態を察し、僕の手の中からカツラを

ひったくるや否やモーレツな勢いでケーキ屋の隣にあった靴屋の店内に飛び込みました。

 

 

靴屋の店員もビックリ仰天です。

 

カツラを手にもった男が血相を変えて店内に飛び込んできたのですから。

 

しかし、今の彼にはそんなことを気にしている余裕はありません。

 

 

靴屋の奥深く逃げ込んだ彼はそこでカツラを頭にかぶりなおし、やがて、出てきました。

 

そして、無言で足早にその場を逃げるように立ち去っていきました。

 

 

僕は慌てて彼を追いかけ

 

 

「スマン!悪気やないんや!スマン!]と笑いをかみ殺しながら謝りました。

 

 

彼も僕に悪気が無いのは判っていたのであまり怒りもしませんでしたが、ひどい落ち込みようです。

 

 

 

辻「アー、かっこ悪かった。もうこの辺、歩かれへんで。今日はもう帰るわ。」 と帰っていきました。

 

僕は辻がモット怒るだろうと思っていたのに意外に怒らなかったその寛容さに感激をしていました。

 

 

 

 

しかし、辻君、僕はもう一つ君に謝らなければなりません。どーしても言えなかったのです。あの時は。

 

 

今はやっぱり言ってあげるべきだったと反省しています。

 

それは、

 

 

 

 

それは、

 

 

 

 

 

 

 

君が靴屋からカツラをかぶりなおして出てきたとき

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

君のカツラは前後がサカサマだったー。

 

 

 

 

 

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