平成13年(行ウ)第14号 公文書不開示処分取消請求事件
原 告   永瀬 英一
被 告   阿見町長 川田 弘二
原告準備書面(1)

平成13年10月19日
水戸地方裁判所民事第2部合議B係 御中
原 告 永瀬 英一


第1 被告準備書面(1)について
被告は,本件不開示情報の不開示を,その実質的理由から合理的理由があるとして,本件不開示情報の不開示処分が違法ではないと主張する。
1.原告は,以下に被告の上記主張が失当であることを論じようとするものであるが,その前に次の諸点につき,被告の釈明を求める。
(1)阿見町消防本部が,過去,消防法第4条に基づく立入検査を行うにあたり,相手方からこれを拒否された事例があるか,あればその内容を具体的に示されたい。
(2)人の生命,健康,生活または財産に危害を及ぼす可能性とは何か,具体的な例示をもって示されたい。
(3)もしも,立入検査を拒否されるまま,為すすべがないのだとすれば,被告のいう立入検査権とはいかなるものか,法理論的に,及び具体的事例をもって説明されたい。
(4)人の生命,健康,生活または財産の安全性に関して,立入検査結果を開示することにより保護される場合と失われる場合とを,例示的に比較し説明されたい。
(5)将来的に生じる弊害というマクロ的視点なるものを具体的に説明されたい。
(6)被告は,本件情報公開請求に対し,「立入検査結果通知書ならびに改修(計画)報告書中,関係者の秘密は法令秘となるが,氏名等を除き公開する」旨の決定をした(甲第2号証)。しかし,関係者の氏名等(「等」とあるのは,名称・商号を含むと解する)は,商法上公知の事実であり,秘とすべき情報ではない。そうであるならば,真に秘密として保護されるべき事業活動上の権利,すなわち,生産技術,営業,販売上のノウハウ等については公開するとしながら,公知である関係者の氏名等についてのみ,不開示としたのはいかなる理由によるのか,説明されたい。

2.さて,被告は,その準備書面(1)第2‐2 において,消防法第4条で定められた権限・内容につき触れた上で,その3で本件不開示情報を開示した場合の不都合性について縷々述べているが,消防法4条の権限内容が被告所論の通りとしても,それによってもたらされるとする不都合性についての被告の論拠は極めて薄弱で,原告として到底容認できるものではない。
被告の言わんとするところを要約すると,

ア.立入検査の結果が開示されるとなると,相手方はこれを嫌って拒否するであろう。
イ.その場合,消防機関としては相手方を告発するしか方法がなくなる。
ウ.阿見町においてはまだこれを理由に告発した事例はない。
エ.仮に告発したとしても,その可罰性から刑事処分が科されるか否かは不明である。
オ.相手方が多数の場合,そのすべてに刑事処分がなされるかどうか不明である。
カ.仮に刑事処分が科されたとしても,罰金支払いに応じないものに対して,検察庁の罰金徴収能力の限界から,罰金の徴収がされない場合も考えられる。
キ.結果として立入検査を公然拒否する相手方が多数あらわれ,立入検査の実効性が失われる可能性がある。

故に,立入検査の結果を公表しないことにより,相手方の協力が期待でき,立入検査の実が挙がって予防行政の目的が達せられる
と言うのであろう。
しかし,これは幾重もの仮定と揣摩憶測の上に成り立つ詭弁であり,見方を変えることによって正反対の結論に至る可能性さえある迷論としか言いようのない議論である。
なにより,可罰性を判断するのは裁判所であり,公訴権を有する検察庁であって被告ではない。刑の執行能力(罰金徴収能力)を疑うにいたっては,検察庁に対する重大な侮辱であり,法治国家の否定を意味する暴言である。
被告は顧みて他を言うより,まず自ら為すべきことを為すべきであり,将来的に生じる弊害というマクロを論じる前に,いま現在被告がなし得る方策を講じるべきなのである。

3.つぎに,被告には情報公開制度のもつ意義について,理解が欠如していることを指摘しなければならない。
消防機関が,使命に忠実に,法的に許される十全の措置をもって臨んだとしても,なおかつ,故意もしくは悪意の相手方によって目的達成が妨げられることはあり得よう。
しかし,そのようなときにこそ情報公開法・情報公開条例が保証するところの,住民の知る権利が意味を持つのである。行政機関は,従来,ややもすると自庁と自庁所管関係先という二者間のみの関係に捉えて事務を行ってきた。その結果,その二者間だけの都合が優先されて国民の福祉という行政の最優先課題が兎角なおざりにされ勝ちであった。行政の論理が先行して薬害・環境その他の公害事件を惹きおこした数々の忌まわしい事例に想いを到すべきである。
情報公開法・情報公開条例は,そのような苦い経験を踏まえて住民の行政監視という視点から生まれたものであった―,そのことを被告は忘れている。
本件の場合,消防機関が,相手方との関係で予防行政上の問題点があれば,住民に対してそれを率直に明らかにし,主権者たる住民を味方につけることを考えれば良いではないか。
公開された情報に基づき,住民自身が違法状態を続ける関係者を告発することも可能なのである。
消費者である住民の不断の監視に曝されていると気づいたとき,それでもなお消防機関の安全指導に従わない事業者があるであろうか。被告にはこのような視点がまったく欠落している。
むしろ,必要な情報を公開しないまま,消防機関の不作為が惨事につながった場合,消防機関自身が告訴・告発される恐れさえあることに留意すべきである。

第2 他の自治体における情報公開の実態
東京消防庁はすでに情報公開の重要性に気がついており,平成8年(政府行政改革委員会が情報公開法要綱案を発表した年)に改訂新版として発行された同町予防部編の「適正・効率的な査察行政をめざした改訂査察執行要領」にも,「近年,行政手続法の制定,製造物責任法の施行や,情報公開の推進が話題となるが,これらの根底に共通する考えは,国民の権利利益の保護である。査察は国民のために行うものであるが,その手段・手続は,当然に公正かつ適正なものでなければならない。立入検査結果通知書だけでなく,違反調査報告書や指導経過記録等も,今後は関係者から閲覧を要求されることも考えられることから,今まで以上に適正に作成し記録しておく必要があろう。」と記述している(甲第 7 号証)。
同書以外にも,違反処理のあり方として行政指導という美名に隠れて違反処理を怠るようなことがもしあるとするならば,それは本来関係者が負うべきリスクの一部を,消防機関が肩代わりする結果になりかねないとする消防関係者の指摘もある(甲第 8号証)。
さらに,消防機関が実際に情報公開に取り組んでいる具体例として,島根県大社町を挙げることができる。人口約16,600人の同町ではそのインターネットのフロントサイト上(http://www.town.taisha.shimane.jp/)に情報公開目録を掲げ,これから検索できる各部課のうち,消防署関係だけでもすくなくとも19余のフォルダーに収納されている文書を,文書名とともに公開しており,その中に当然のこととして,防火対象物措置命令(勧告)関係,消防用設備等設置届出書,火災予防条例届出書,消防用設備等点検結果報告書,立入検査結果通知書なども含まれている(甲第9 号証)。
ひとりわが阿見町だけが消防法4条を盾に公開を拒む理由は全くないのである。

第3 情報公開審査会の審査経過について
阿見町情報公開条例第23条では,「第20条(不服申立があった場合の手続)の規定により諮問をした実施機関は,その諮問に対する答申を受けたときは,これを尊重して速やかに裁決又は決定を行わなければならない。」と定めている。
本件に関しては,被告が行った平成13年7月18日付異議棄却の決定(甲第 4 号証)に際し,訴外・情報公開審査会(以下,「審査会」という。)が,決定に重大な影響を及ぼした側面があるので,それについて触れ,併せて被告の見解を聞きたい。
本件の場合,その審査経過は次のとおりであった。
13.4.26  公文書部分公開決定通知書   (甲第2 号証)
13.5. 1  情報公開に関する不服申立書  (甲第3号証)
13.5.22  審査会諮問通知書  (甲第10号証)
13.5.24  意見陳述申立書   (甲第11号証)
13.6. 6  意見陳述申立回答書(意見陳述の必要なしとの回答)
                 (甲第12号証)
13.6.15  意見書等提出書 (甲第13号証)
13.7. 4  諮問について(答申) (甲第4号証)
13.7.18 決定書(原告の異議申立を棄却) ( 同 上 )
(文書名は一部省略記載してある)
一方,原告が審査会の開催状況を知るため公開を求めた同会の会議録によると,本件関係で実質的な審査は,平成13年6月4日に開かれた第2回審査会で午後1時から午後3時30分までの間,別の町長交際費の件と並行して行われたと推認できる(甲第14号証)。
ところで,情報公開事務の手引(甲第6−1号証)には,第29条関係「審査会は不服申立人等から申立があったときは,不服申立人等に口頭で意見を述べる機会を与えなければならない。ただし,審査会が,その必要がないと認めるときは,この限りでない。」とし,その趣旨について,「本条は,不服申立人等の権利利益の確保に資するとともに,判断資料を豊富にし,公平な調査審議を行えるようにするため,不服申立人等が口頭で意見を述べることができることとしたものである」とし,また,運用については「審査会は,不服申立人等の申出等を認めるかどうかの裁量権を有する。」としている(手引92ページ)。
上記のとおり原告は諮問通知のあった5月22日から2日後の5月24日には,はやくも,口頭陳述を希望して意見陳述申立を行ったのであるが,審査会は6月6日意見陳述の必要なしとしてこれを斥け,これ以降,審査会を開くこともなく,7月4日諮問庁である被告に対し答申を行い,被告もまた同答申を尊重するとして原告の異議申立を棄却しているのである。この間,6月15日に提出した原告の意見書は全く顧みられることなく終わった。
審査会はこの,同条第1項ただし書きの趣旨をはき違え,恣意的な裁量によって,原告の意見陳述の機会を不当に奪ったのである。
すなわち,同ただし書きは「審査会は,申し立てがあったときは,必ず意見陳述の機会を与える義務を負うものではなく,不服申立人等の意見を全面的に認めるときや,同一の行政文書の開示・不開示の判断の先例が確立しているときなどに事件の迅速な解決と審査会全体の調査審議の効率性の確保の観点から,改めて不服申立人等の意見を聴く必要がない」(甲第15号証)としているのであって,当該文書の開示についての判断の先例が確立しているとはいえず,しかも,原告の不服申立を斥ける答申を行おうとする本件審査の場合にはまったく当てはまらないのであって,この一点のみをもってしても,情報公開を求める原告の権利利益は不当に侵害されたといえるのであり,このような手続上にも瑕疵がある答申を,そのまま無原則に尊重して決定をくだした被告にも重大な責任があると言わざるを得ないのである。
原告が敢えて本件訴訟に及んだのも,これが悪しき先例として確立するのを許してはならないと考えたからである。

第4 結語
阿見町における情報公開条例に基づく最初の公開請求となった本件であるが,請求を行った4月5日から奇しくもちょうど1ヶ月目にあたる5月5日の夜,千葉県四街道市の建築解体業者の従業員宿舎で火災が発生,11人が焼死するという痛ましい事故となった(甲第12号証)。
そして9月1日の東京都新宿区歌舞伎町の雑居ビルにおける火災では,死者44人にも上る大惨事となり,報道各紙はいつも後手に回る消防の防災体制を一様に指摘した(甲第16号証)。
これに対して消防機関は,予防行政に関する相手方の非協力を挙げる。そして悲惨な事故の犠牲者になるのはいつも一般住民であり,消費者・利用者である。
消防機関が真に予防行政の実を挙げたいのなら,なぜかれらに協力を求めようとしないのか。
日ごろ,身を挺して危険な消防活動に挑んでいる消防士諸君に敬意を惜しまない私が,本件提訴に踏み切ったのもそのような視点からである。
予防にまさる消火なし,被告も本件訴訟の意義を真摯に受け止めるなら,原告の請求を率直に認め,速やかに裁判所の判断を仰ごうではないか。
以上の見地から裁判所の賢明にして速やかなるご判断を切にお願いする次第であります。
以上

証 拠 方 法
1. 甲第7号証   「適正・効率的な査察行政をめざした改訂査察執行要領」(写し)
2. 甲第8号証   「火災予防のための違反処理実務マニュアル」(写し)
3. 甲第9号証 島根県大社町ホームページより消防署・情報公開目録(写し)
4. 甲第10 号証 審査会諮問通知書(写し)
5. 甲第11号証 意見陳述申立書(写し)
6. 甲第12号証 意見陳述申立回答書(写し)
7. 甲第13号証 意見書等提出書(写し)
8. 甲第14号証 公文書公開請求書及び同関連文書(写し)
9. 甲第15号証 詳解 情報公開法(写し)
10. 甲第16号証 新宿歌舞伎町の火災事故を報じた新聞記事(写し)