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    いただき小説 「 郁巳 」
 


久しぶりに会ったってのに、あいつは毎日会うのが当たり前だった頃と全く変わらない挨拶を
しやがった。

「ヤア、笙子ちゃん。」

チクショウ、何でこんな日にこいつに会うんだ。
あたしとは大学での接点なんて今や無いに等しい瀬川郁巳が、この日に限ってあたしと同時刻
に大学に出て来てるってのはどういう事よ。

「オー、郁。お久。・・・じゃ!」
スチャ、と片手をかざし、別れの挨拶を投げてやったと言うのに。

「まあ待ってよ。どうせ今から暇だろ。」
・・・なんで知ってんのさ。
「そりゃ、笙子ちゃんの事ですから。」
あああ。ほら、そこの道行くお嬢さんが見惚れてるよ、郁の笑顔に!!

チクショウ。やっぱり、こんな日くらいサボるんだった。












「で?何の用よ、今更。」
後悔先に立たずを心底から実感しながら、現在あたしは郁巳と学食にいる。夕方五時を回って、
学食内には講義を終えた生徒がちらほら姿を見せてはいるものの、喫茶メニュー中心の食堂を
選んだため昼時に比べると閑散としている。この学校の学食は、すべてセルフサービスになっ
ているため、事実上飲食物が持ち込み可である。

窓際の席に陣取り、缶ジュースを挟んで向かい合った。

「今更は酷いんじゃない?笙子ちゃん。」
ふ、と口の端を上げて笑む郁巳。・・・・・・あのなぁ・・・。

「今更っしょ?別れてどれだけ経ったよ。」
「一年と三ヶ月かな?」
肩を竦めて言ったあたしに、平然と答えやがった。こいつ・・・まさかと思うが、過去の女全員、
いつからいつまで付き合ってたとか覚えてるんだろうか。・・・深く考えれば考える程あり得そう
に思えるところがこの男の怖さだと思う。

「あれだけ手ひどく振られたからね。」
すらり、となんでもないことのように郁巳が言った。ぎくりとする。が、努めて平静に聞こえるよ
うに返した。
「悪かったねぇ、その節は引っ叩いて。」

にやりと笑う郁なんて、付き合ってるときにはついぞ見た事が無いものだった。優しげに目を細め
るとか、ふんわりとした表情を作るとか。こいつの表情で覚えているのはどこか現実から切り離さ
れたような、儚げなものが多い。もっとも、今ではこいつがあたしの前ではそう演じていたのだ、
という事は明白だが。・・・つきあう女ごと、表情を変えてまで、こいつは何を考えてたんだろ
う。あたしに知りうる事などないだろうが。
「いえいえ、とんでもない。あの時の笙子ちゃんかっこ良かったよ。」
言葉を切って手の中の缶ジュースを一口。

「惚れ直すくらいには。」
「はン、よっく言うね。」
抜け抜けとよくもまあそんな事が言えるもんだ。あたしに惚れてた事なんて、ないくせに。

・・・ああ、やっぱりこんな日にこいつに会ったりするから。嫌になるくらい、後ろ向きな自分の
思考に余計に苛立つ。

「大体、あたしと居たりして良いわけ?カノジョはどうしたんだよ、カノジョは。」
気まずさをごまかすように話を変えてみる。
「んー?今俺フリーだし。」

「っはぁ!?」
おいおい。郁巳がフリーだと?・・・それがどれだけ珍しい事か知ってるだけに、度肝を抜かれ
た。
「って、ちょっと、それ冗談じゃないよ!?こんなとこ誰かに見られたら、あたしまで何言われ
るか分かったもんじゃ・・・!!」
本当に洒落になんない。
こいつがフリーなら、2人きりになったって事が知れれば、それこそこいつのファンを敵に回す
ようなもんだ。
いや。あたし以外の女なら、そこまでの心配は要るまいが。・・・それはあたしが郁をあれだけ
手ひどく振った所為であって郁の所為じゃない事はわかってんだよ、これでも。敵に回す、と言
うよりむしろ、逆なでする、と言うべきだけど。

「ああ、それは無い。俺、笙子ちゃんは友達だって言ってるし。」
・・・いや、あんたとは友達として付き合う事にするっつったのは確かにあたしだけども。
『友達だと言ってる』って事は、つまり、郁の所にあたしとの関係聞きに行った女がいるって考
えて良いってことなんだ?どうなのそれは!?
・・・ともかくそれであんたのファン(=彼女候補)が納得するとは思えないんだよ!
それに、それとは別に今日はもう一つあたしの個人的な事情ってやつもある。












「笙子?」
どうしようかと迷っていたあたしの耳に飛び込んできたのは、昨日聞きたくない声NO.1の
座をめでたく獲得した奴の声で。
ああああああ。何でこんなに登場までがお約束なんだコイツは!
「・・・何の用よ、高田。」
苦虫を噛み潰して返したあたしに、郁が興味深げな視線をよこす。
今日という日に郁に会いたくなかった最大の原因がこの高田広毅にある。つい昨日まで、あた
しの恋人だった男。ラブホ街から女と腕組んで出て来る所に遭遇、なんて、やっぱりお約束な
原因であたしに振られた男だ。



「俺と別れたのが、こいつと縁り戻すためとは思わなかったぜ?笙子。」
はぁぁ・・・?馬鹿だ、コイツ。(断言)

「いつ、あたしが、郁巳と縁り戻したって?こいつとはさっき偶然会ったんだよ。」
郁と一緒に学食にいるだけで、より戻したって言われるのもなー・・・。こいつ、あたしの何
見てたんだ、と言うほか無い。

郁が誤解されやすい言動をしてるのは知ってるが、あたしが高田を振った理由に少しでも郁巳
の存在があるなんて、本気で考えるのはどうかしてるだろ。

・・・あたしの事を、少しでも理解していたならこんな台詞は出てこなかったろうよ。

「それに自分から振った男と縁り戻すような女じゃないって事くらい、知ってたと思うけど?」
直訳すると、あんたとも縁り戻す気なんてこれっぽっちも無いから消えろ、になるんだけどね。



「どうだかな。案外別れた振りでもしてただけじゃねえの?」
俺と付き合ってた間も、会ってたんじゃねぇ?
うわ、最低コイツ。あたしに原因作る気だ。

自分の浮気を棚に上げて、振られた原因はあたしが二股かけてたから、だとう!?

「・・・んな訳ねぇだろ!女々しいね!自分が浮気してたからって相手がやってると思うあたりが
底が浅いつってんだよ。とっとと消えろ、うっとおしい!」
あたしは短気なんだよ!

「・・・っ!笙子!」
「なれなれしい!名前で呼ぶな!」

あーチクショウ、目立つかなぁ・・・?目立ってんよなー・・・。学食に人が少ない時間だってこ
とを考えても、明日には噂が学内を巡ってる事は想像に難くない。
何しろ、あたしは郁と向かい合って座っているのだ。この大学内だけでなく、他の学校(そりゃも
う大学生にとどまらず、高校、中学、果ては奥様方まで!!)にもファンを名乗る女が居ると言う、
ちょっとした有名人。しかも、あたしは以前郁を手ひどく振った女として、そのファンからの印象
は最悪、ときた。尾ひれ背ひれに飽き足らず、手足に羽までつきまくった噂になるだろう。・・・
間違いなく、あたしと郁に不利な内容でもって。
それが簡単に想像できて、情けなくなった。



高田は、あたしが郁巳には名前で呼ばせている事を知ってる。そのおかげで前述のあたしの
台詞により効果的な精神的ダメージを受けてくれたらしい。

「てめぇっ!」
ガツッと、イスが倒れた音。どこか危機感の無い、キャーという悲鳴が外野から上がる。・・・
楽しんでるっしょ、あんたら。
右腕をぐいと引っ張り上げられて、無理やり立たされた。

・・・あ、ヤベ、殴られる。酷く冷静にそう思った。



衝撃を待って目を閉じる。



酷く鈍い、人が殴られる音に続いて、机やイスを巻き込んで人が倒れる、妙に聞き苦しい金属
音と重い音。

・・・・・・痛く、ない?

派手な音に身を竦めたものの、それはあたしの身に起こった事ではなかった。
「・・・っかは!」
目をしばたいて、倒れた机やイスの間にのされた高田を見る。

キャーと、今度は完全に黄色く染まった悲鳴が外野から聞こえ、呆然と・・・だが、事態は正確
に理解できた。

「郁、アンタ・・・。」

「女に手ぇ上げるなんて、最低だね。だから振られたんだろ?」
にっこり笑って郁があたしに手を伸ばした。
その手にすがって立ち上がりながら、郁に殴られた高田があたしから手を放した拍子に、床に
座り込んでしまったのだとようやく気付いた。

「笙子ちゃんに、二度と近づくなよ?彼女の親友としては、おまえみたいな下衆野郎にうろちょ
ろされるの、迷惑なんだよね。」
・・・・・・郁巳、目が笑ってねぇよ。・・・怖ぇ・・・。
って、『親友』って呼ぶか?ほほう。これはこれは、かばってもらったって訳ね・・・。

「っ誰が、んな尻軽女!」

・・・って、待て!誰が尻軽だ、誰が!そりゃアンタだろうが!

そう返そうと口を開きかけ。

ぱしゃん、と妙に軽い水音。一瞬、何が起こったかわからず呆然としたように郁巳を見上げる、
びしょ濡れになった高田。

・・・え・・・?

 

「言ったろ?俺は、『笙子』の親友だって。・・・このまま、消えろよ。」
窓から差し込む夕日をバックに郁巳が手にした飲みかけの缶ジュースからいまだ滴る水滴に、
それを高田に向かってぶちまけたのだと理解した。

あああああ。怖い、怖すぎる!笑いながら言う台詞がそれかよ、郁!しかも、ここぞとばかりに
あたしの名前を呼び捨ててる辺りが侮れん・・・。
郁はなんだかんだ言って、女に手ぇ挙げようとするやつだけは嫌いって言い切ってたもんな
ぁ・・・。

・・・・・・それでもかっこ良かったけど。思わず、見惚れたけど・・・。

あたしがこれでも一時期は本気で郁巳に惚れてた女の一人だったと言う事を、心底から実感し
たよ!顔に惚れてたつもりはあんまりなかったんだけど・・・。

「覚えてろよ!瀬川!」

「ヤだね。野郎の事なんかに使ったら、せっかく優秀な頭に申し訳ないだろ。」
消えるときまでお約束だった高田(いやにすばやく立ち去ったと思ったけど、今一月なんだよ
ね。ジュースかぶってりゃ、寒くもなるわな。しかもべたつくだろうし。ざまみろってのよ。)を
見送り、郁巳はひょいと肩をすくめた。

「ああはなりたくないね・・・。」
アンタに限ってそれはないと思うのは、惚れてた男への欲目なんだろうか?











「悪かったね、思わず手ぇ出してさ。」
「何でアンタが謝るのさ。・・・巻き込んだのはこっちだよ。ゴメン。」
明日から、しばらくあんたの周りが余計にうるさくなるの、確定だしね。その分のお詫び。
「それに、郁のおかげであたしは殴られずに済んだんだし、ありがと。」
庇ってもらったことにはお礼。

ふ、と郁が笑みをこぼした。

「なんだよ。」
「いや。相変わらず、妙に義理堅いよね、笙子ちゃんは。」

む。
「なんなのさ、その妙にってのは。悪い事じゃないだろ。」
「悪いって言ってるんじゃないんだけど?素直に褒められてなさいって。」

「そりゃどうも。んで?ここまで引っ張ってきたのが、あたしと高田の修羅場見物だとか、あたし
を褒めるためだとか言うんじゃなかったら、さっさと用件すませてよ。」
あたしゃこれ以上目立ちたくないね。






「うーん、実は、たいした用事じゃないんだけど。」
ぽり、と鼻の横を掻いて、ばつが悪そうに目をそらす。

なんだよ。
「なら、わざわざ目立つためにやったとか?」
是非とも止めてくれ。

「いや、笙子ちゃん久しぶりに見たら、声かけたくなってさ。」
「・・・は?」
何の冗談で?別にあたしじゃなくても選り取りみどりの郁にそんなこと言われると、すっげー胡
散臭いんだけど。

「俺の事引っ叩いといて、『もう二度とあんたと寝る気は無いけど、友人としてなら付き合って
やる』なんて宣言したの、笙子ちゃんだけだから。」
にこにこ。邪気の無い笑顔で言われてもな。

ああ。
「・・・物珍しさ?」
珍獣見物の気分って奴かよ?・・・本当にそうなら、お礼にもう一発平手お見舞いするけど。



「あはは、違うよ。本当に、友人としてなら付き合ってもらえるのかな、と思って。」

・・・郁?
「は?」
ちょっと待て。あたしが向き合ってるこいつは、本当に瀬川郁巳か?
信じられない思いで、郁巳の顔を凝視する。
この男が他人を近づけることをどんなに嫌っていたか。彼の親友と言えるのは、中学から彼を知
っていると言う、一条誠、入江清隆・・・他にも数人の顔が浮かぶが、郁巳は彼らにも必要以上
に入り込もうとはしていなかったはずだ。(どちらかと言うと、一条たちが郁巳のほうに歩み寄
ってるって感じだった、あれは。)
何より彼らは全員が男。あたしの知る限り郁巳にとっては、女は皆、友人の位置には置ける存在
ではないようだった。そして、だからこそあたしは最後に友人、と言う言葉を残して郁のもとを
去った。・・・意趣返しみたいなものかな。

「・・・どういう心境の変化よ。」
胡散臭いと思ってしまっても、これは郁の自業自得だと思うんだが。

苦笑して、
「そんなに信用ない?俺。」
なんて言われてもな。

「あたしに『友人にはなれないと思うよ』なんて抜かしたのが誰だったか、一度しっかり思い返し
て欲しいんだけど?」
そう言われたからこそ、別れてから今まであんまり接点も持たないようにしてきた。・・・そりゃ
見かけりゃ挨拶くらいしたけどさ。
郁にしたら、一度つきあった女の中でも、郁己から手ひどく振った女以外で、挨拶だけなんての
はあたしだけなんじゃないだろうか。未だに体のつながりだけはあるなんて噂のある女もざらに
いるしな。
・・・噂のすべてを真実と思うわけじゃないけど、そういう噂が出ても不思議ではない程には、切
れたはずの女共ともなぁなぁだってこと。そうでなかったあたしが異質なものとして目をつけられ
る程度には目立ってるのがいい証拠。



「それについては反省してる。若気の至りって事で許してもらえないかな?」


「何、高田に言ったあれが本気だって?」
我ながら胡散臭げな声で訊いてみた。
ら。
にこり、と眼をそらさずに笑うし。

本気かよ。驚いた。
高田相手のあれ、単なる牽制だと思ってたんだけど。
何せ、郁巳は女への対応がまめすぎる。親友と思ってもいないのに親友と呼ぶくらい、何ともな
いだろう。
本当は女なんて信用していないくせに。・・・いや、信用していないのは、男も同じか?裏切ら
れる事すら楽しんでいるようだった。・・・まるで自分を・・・すべてを憎んですらいるように。

ぱちぱちと瞬いて、郁を見つめていると一言。
「・・・そこまで驚かれる程、信用されてなかったって訳だ?」

「う、いや驚いたってのは確かだけどさ。別に信用してないつもりはなかったんだけど・・・。」
そう、最近の郁には、以前ほど自暴自棄な様子は見えなかった。一条たちと笑いあう姿が、この
学内で・・・まあある種の噂になってた事を、こいつは知りはしないと思うが。(性格は一筋縄
では行かないような男ばかりだが、郁の友人達は、顔は良い。・・・彼ら全員噂の詳しい内容を
聞いたとしたら、憤然としそうだが。)

・・・くすくすと何がおかしいのさ。
「ご、ごめん。笙子ちゃんは相変わらず優しいと思ってね。」

「あんたね・・・。笑いながら謝られても誠意を感じない。」
皮肉かと思えるんだけど?きっぱりと言ってやる。

「酷いな。笑ったのは悪かったけど、嬉しかったんだよ。」

「ほう?何がさ?」
真剣に聴く気が失せたよ、ったく。

「俺も高田並みの扱い受ける覚悟はしてたんだけどな、これでも。」
・・・確かに、あたしの対応は好き嫌いによって激しく変わるが。
「あんたがあいつ程馬鹿な真似しなかったってだけだとはおもわないんだ?」

「少なくとも、こういう会話、してくれるくらいには踏み込ませてくれるんだろう?」
確信犯の微笑みで。

「・・・郁・・・たぬきっぷりに磨きがかかってない?あんた。」
「俺は、笙子ちゃんが思ってる程、複雑な人間じゃないよ。」
・・・どうだか。


「・・・あたしの友人はあたしの事、ちゃん付けでなんか呼ばないよ。」

この意味がわからない程鈍くはないだろう。
幸せそうな郁の笑顔。
「ありがとう、笙子。」

ああ、チクショウ、やっぱりこんな日に郁に会いたくなんかなかった。

昔の男に惚れ直す、なんて、あたしのプライドをかけて、避けたい事だったのに。 



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タブゲット初の試・・・し(でもノリノリ)絵に、図太
くも社様キャラ・瀬川郁巳君をかいちゃいました。
そしたらこんな素敵な創作ヲ、いただき・・・!!

ドキドキしました。(わ)
いやー、リベンジします!(笑)
もっといい服を着せいい顔にするのです。
ふふ待ってろいっくん