「いったい何がおありになったの?」
ギゼラが心配そうに顔をのぞきこんで訊ねた。
「シスター・カタリナが、あたしのことを毒殺犯のように疑って見るんです」
マリエラは激しく鼻水をすすりあげながら、弱々しい声で打ち明けた。
「ま、まあ……! あなたを?」
ギゼラが一瞬言葉をなくす。
トニアもその隣に、ギゼラとでマリエラを挟み込むようにして座った。
「それ、どういうことなの?」
トニアが眉をひそめて訊ねると、マリエラはうつむき、首を振った。
「あたしにも分からないの……。でも、シスター・デュリが、言ったんですって」
「えっ、シスター・デュリが? ──なんて?」
「近いうちに犯人は捕まるって」
マリエラの言葉に、トニアがぎょっとしたように目を見開く。
「ええっ。彼女がそんなことを?」
「しかも、それは『シスター・カタリナの取り巻きのうちの誰か』だって、自信満々で言い切ったそうなの。それでシスター・カタリナはすっかり疑心暗鬼になってしまって、シスター・ジュリアやシスター・エミリアを片っ端から疑って……しまいにはあたしの仕業に違いないって、まるで、決めつけるみたいな言い方をしたのよ!」
マリエラはそれを思い出したのか、わあっと膝に付してしまった。
「あ──あんまりだと思わない? あたし、人から疑われるようなことなんて何もしてないのに! あの尋問のときだって、あたしのせいでシスター・カタリナが疑われたって、シスター・ジュリアやシスター・エミリアからさんざん責められたのよ。あ、あたしはただ、ちょっと王都に出かけて、自分の買い物を楽しんでただけだったのに!」
「『自分の買い物』ってなんですの?」
ギゼラがきょとんとして訊いた。トニアはマリエラを挟んだ反対側から、
「お茶とか、お菓子とか、そんなののことね」
と小声で説明した。
「あら、素敵。修道院でお茶だなんて」
ギゼラは緊迫感のない口調で言い、次に、ちょっとばかり首を傾げた。
「でも外に出ていいのは、院長さまの許可をいただいた人だけではなかったかしら?」
「そうなの。でもシスター・マリエラ……だけじゃなく、シスター・カタリナやシスター・ジュリアたちは、わりと勝手気ままに外に出ていたのよ。それで買い物をしたり、こっそりお祭りやお芝居を見に行ってたって」
「まるで修道院でないような暮らしですわね」
ギゼラはさすがに驚いたらしく、目を丸くする。
「そ、そのときは、それが悪いこととは思ってなかったの」
マリエラが弁解する。
「だって孤児院に住みついてるシスターたちは、いつでも外に出て、みんなで一緒に散歩をしたり、買い物をしたりしているって言うのよ。向こうはよくてこっちは駄目だなんて、そんなのおかしい」
マリエラは勢い込んでそう言ったあと、急に萎びて、袖で涙を拭ってみせる。
「……とにかく、あたしは毒薬なんか買ってないわ。ただ、自分のために、いくつかお茶とか、薬を買っただけよ。それだって、髪が綺麗になるとか、人から魅力的に見られるとか、そのていどの、おまじないみたいな他愛ないものよ」
「そんなもの、あるんですのね! わたしも……」
ギゼラが骨ばった顔を輝かせて言いかけたが、トニアがそれを遮った。
「害があろうがなかろうが、あなたが変な店に出入りしてたってのは本当なんでしょう?」
「そうだけど……」
マリエラは身の置き所がないというようにうつむいた。
ギゼラもなぜか、隣でしょんぼりとうつむいてしまう。
「それじゃあ、疑われても無理ないんじゃない?」
トニアは慎重な口ぶりながら、同情する様子はさほど見せずに言った。
「それに『シスター・カタリナから疑われた』っていうけど、そんなの、シスター・フィアよりずっとマシじゃない。だって彼女、憲兵に連れて行かれちゃったのよ! 今ごろ臭くて冷たい牢の中で、ベッドもないところで寝てるに違いないわ」
「それも、シスター・カタリナのせいなのよ」
マリエラは暗い声で言った。
「シスター・カタリナへの疑いを晴らすために、シスター・ジュリアとシスター・エミリアが手を組んで、厨房に入ってきた人が犯人だってことにしようって決めたのよ。勝手に。それでそこに、運悪く入ってきたのがシスター・フィアだったらしいわ」
それを聞いてトニアとギゼラは顔を見合わせた。
さっきまでふたりして悩んでいた『フィア、連行される』の経緯が、まさかこんなところで聞けるとは思わなかったのだ。
「なあに、それ? じゃあ、もし厨房に足を踏み入れたのがわたしやシスター・ギゼラだったら、わたしたちが連行されたかもしれなかったってこと?」
「そうなると思うわ」
マリエラはあっさりと認めた。
「やり方が滅茶苦茶なの。とにかくもう、あの人たちにはついていけない」
言って、マリエラはトニアをじっと見つめる。その瞳にうっすらと涙が光った。
「この気持ち、あなたなら分かってくれるでしょ? シスター・トニア!」
「ええ……?」
トニアは困ったように眉をひそめる。
「あなただって、シスター・カタリナやシスター・ジュリアから、冷やかされたり、馬鹿にされたりしていたじゃない。そのときあたし、あなたを庇ってあげられなかったけど、でも心の中ではいつも同情していたのよ」
「心の中で同情されてもねぇ……」
トニアは渋い顔になった。
マリエラは必死の顔になり、トニアの手を強く握る。
「いやよ、見捨てないで。あたしたち、お友達じゃない! ね、そうでしょ?」
「友達というか、仲間だとは思うけど」
「あ、あたし、今度のことでしみじみ思ったんだけど、あなたと一緒にいたときのほうがずっと楽しかった。今ごろ、そんなこと言っても都合がいいって思われるかもしれないけど……。でもこれは本当よ! あなたが最後の頼りだと思ってここに来たの。それを追い返されたら、あたし、もうこの修道院にはいられない! 荷物をまとめて出て行くわ!」
「わ、分かったわよぉ……。しつこいわね」
トニアはついに降参し、ため息をついた。
「そこまで言うなら、また仲良くしてあげてもいいけど!」
「ほ、本当!?」
マリエラが泣き濡れた顔をぱっと輝かせた。トニアは渋々頷く。
「でも、ここにいるシスター・ギゼラと、それからシスター・フィア、シスター・デュリ。この三人も仲間だと思ってよ? わたしだけじゃなくて。だってわたしたち、『見習い同盟』を作っているんだもの」
「あら。『見習い同盟』なんて初耳ですわ。そんなものがあったんですの?」
ギゼラが驚いたように訊ねる。トニアはしれっとして「今作ったの」と答えた。
「今? ……シスター・トニア、あなたって面白い方ねぇ」
「でもわたし、見習いじゃないわ」
ギゼラの感心したような言葉に、マリエラが青ざめた声が重なる。
トニアは「そんなこと分かってるわよ」とうっとうしげに言った。
「あなたは違うけど、仲間に入れてあげるって言ってるの。一人ぼっちはかわいそうだし」
「嬉しいわ、シスター・トニア! あなたってやっぱり、優しいのね!」
「というか、シスター・フィアなら、そうするだろうと思っただけよ……」
トニアは多少、ふてくされて呟く。
本当はトニアとしては、フィアとギゼラとデュリ、この三人だけで十分仲良く楽しくやっていけるのだが、ここにフィアがいれば、マリエラに同情し、彼女を仲間の輪に入れようとするだろうと思ったのだ。フィアが戻ってくればそうするに違いないのだから、結局、トニアに選択の余地などありはしない。
「それはいいけど、シスター・フィアをどうにかして釈放できないかしら? 無実なのに牢屋に入ったままだなんて、あんまりじゃない」
トニアが言うと、ギゼラが軽く首を傾げる。
「シスター・マリエラの話ですと、シスター・デュリが本当の犯人を知っているということなのでしょう? それなら、彼女に話をうかがえば良いのでは……? そうすれば本当の犯人が分かりますわ」
「それって、なんだか怖くない?」
トニアがふと身震いし、寒気を感じたように自分の両腕を抱え込む。
「シスター・デュリは本当の犯人を知っている──それじゃ、彼女に聞いたら、この修道院にいるシスターの誰かが捕まるってことでしょ? シスター・フィアみたいに間違いで捕まるんじゃなくて、本当に、シスター・クリステラを殺そうとした人として……」
トニアが思わずマリエラを見る。
マリエラは「あなたまであたしを疑ったりしないわよね!?」と悲鳴を上げた。
「う、疑ってないけど」
トニアは半信半疑の目でマリエラを見る。
「でも、シスター・カタリナの取り巻きの誰かだって、彼女が言ったんでしょ?」
「そ、そうだけど……」
「それなら、シスター・ジュリアとか、シスター・エミリアとか、シスター・アバーナとか、シスター・バルタラとか、……とにかく、そのうちの誰かが人殺しだってことになるのよね!?」
「でも、妙ですわ。シスター・デュリは、たしか『シスター・カタリナが怪しい』と……」
ギゼラが首をひねって訝しむ。
それをトニアとマリエラが「えっ?」と目を見開いて振り返った。
「それ、どういうこと? シスター・デュリが、シスター・カタリナが犯人だと言ったの?」
トニアが鋭く追及しようとする。
ギゼラは慌てて「あ、いえ、なんでもありませんわ。わたしの聞き間違いかもしれませんし」と笑ってみせた。そのぎこちない笑みと答えに、トニアとマリエラがますます怪訝そうな顔をしたが、そのうちに夕食を知らせる鐘の音が鳴ったので、この話題は不本意ながらもこれにて中断ということになった。