すぐにでも聖ドロテア女子修道院に戻りたかったが、ジョルトが「仮釈放の手続きのために書類を書かなけりゃならないから、少し待ってほしい」と言うので、地下牢から上がって上にある憲兵隊本部の中で時間を潰すことにする。
間の悪いことに、書類に裁可のサインを書ける資格を持つのが、例の足癖の悪い副隊長しかいないらしい。それが今日もまた、早朝出勤の規定を無視して遅くに出てくるようだとのことで、そういうことなら焦っても仕方がない。フィアは空いている椅子に腰を下ろして、黙って時間が過ぎるのを待った。
「昼を過ぎるかもしれない。仕事する気ないしなぁ、あの人」とジョルトは気がせれる様子で愚痴っていたが、幸いにも、この日はそこまで待つことなく副隊長の姿を拝むことができた。貧相なうえに陰険さの漂う面構えを見たところで、さほど嬉しい気持ちにはならないのだが……。
ジョルトのほうは遅れてきた恋人を見つけたように目を輝かせると、来たばかりの副隊長の腕をとらえて早速別室へと姿を消し、そこでなにやら事情説明などして、書類も提出したらしい。しばらくすると副隊長が出てきて、フィアをじろじろ眺めたかと思ったら、急に力のない愛想笑いのような表情を浮かべ、
「まあ、手違いで今回のようなことになってしまいましたが、我々も真面目に職務を果たしているということで、どうかひとつご理解を。今後、何かお困りのことがあれば、お力になれることもあるでしょうし……」
などと言う。
フィアは(まあ、ずいぶん態度が違うじゃない)と心の中で呆れたものの、ともかく、こんなところで言い争っている時間はない。うんうんと頷いて、にこやかに手を振る副隊長に見送られるまま、ジョルトとともに憲兵隊本部をあとにした。
ジョルトはフィアを聖ドロテア女子修道院の入口まで送ると、「捜査の許可を貰ってから、また来る」と言って、慌しく憲兵隊本部へと戻っていった。
どうやら彼も、にわかに新しい展開を見せたこの『連続修道女殺人未遂・失踪事件』に心を奪われているらしい。自分が、その捜査に加わる権限がないのをよほど悔しく思っているようで、道すがら、「なんとかして副隊長に……」とか、「あいつの班にまぜてもらえれば……」とか、ぶつぶつと呟いていた。
そうしてひとりになり、聖ドロテア女子修道院の大きな門を見上げると、
(ああ、やっと帰ってこれた!)
と、フィアは胸が熱くなった。
何やらいろいろな勘違い、行き違いがあって一晩牢で過ごすということになってしまったが、無実とわかり、こうして釈放されたことは素直に喜ぶべきことだった。だがその喜びも、ギゼラかデュリの身に何かあったかもしれないと思うと、押しつぶされて消えてしまう。
(デュリさん、犯人を追いかけて何か危ないことに巻き込まれたんじゃないかしら……)
不安に思った。
閉じられている鉄門を力いっぱい押し開き、中に入ると、正面広場には近衛騎士らしき格好の男たちが鉄靴のかかとから土煙を上げて走り回っている。修道女たちの姿は見えなかった。せっかく戻ってきたというのに、自分のほうが場違いな気がしながらおずおずと歩いていくと、ほどなく近衛騎士のひとりに捕まって、
「シスター・デュリか!?」
とものすごい形相できかれた。
それを聞くと、ああ、やはり行方が知れないのはデュリなのだ──と、フィアは打ちのめされた。
「いえ、わたしは……」
言葉を濁しながら、視線を地面に落とす。
「その、“外出”から戻ってきたばかりで……。名前は、フィ──」
「シスター・フィア! あなた、釈放されたのね!!」
名乗ろうとした瞬間、どこかから悲鳴のような叫び声がした。
“釈放”という物騒な言葉に近衛騎士が顔をひきつらせたが、それはフィアには見えなかった。
「シスター・トニア!」
声のしたほうに顔を向け、目をみはる。
建物から飛び出し、駆け寄ってきた小柄な修道女は、ぶつかるようにしてフィアに飛びついた。
「良かったぁ! もう戻ってこられないんじゃないかって、心配してたの。本当に良かった!」
トニアは声を詰まらせ、感極まった様子だ。フィアも思わず涙が出そうになったが、
「……でも、ちょっとくさいわね」
トニアがさっと身を引いたので、フィアはにわかに赤面する。
「ご、ごめんなさい」
腕を上げ、そんなにくさいのかと気にしながらにおいを嗅ぐと、たしかに少しくさかった。
なぜ今まで気づかなかったのだろう。牢にいるあいだに、鼻が慣れてしまったのだろうか。
「う……牢の臭いが染みついたのかも。す、すぐに着替える」
慌てふためくフィアに、トニアはその髪の毛をひとすじ手にとって、
「というより、お風呂に入ったほうがいいわよ。髪も……ああ、くさいわ」
若い乙女らしく鼻を近づけてくんくんとやったあと、むっと顔をしかめた。
そのやり取りを見ていた近衛騎士は、いったいなんの理由があって修道女が牢に入れられていたのか、そしてなにがどうなって釈放されたのか、まったく分からないという顔で、目を見開いてフィアを見ていた。それがよけいに、フィアにはばつが悪かった。
髪の毛から足の先まで念入りに“聖ドロテア女子修道院謹製”の石鹸で洗い、熱い湯を何度もかぶって体を清め、新しい修道服に着替えると、心までさっぱりした。やはり、体から牢屋のにおいがたちのぼるよりは、ほのかな薔薇の香りがするほうがずっと気分がいい。
一度自分の独房に戻り、布で水気を取って髪を乾かすあいだ、トニアの話を聞く。
「本当にもう、この修道院は『呪われてる』としか思えない」
トニアの話は、そんなおどろおどろしい出だしで始まった。
「シスター・クリステラが殺されかけたかと思えば、今度はシスター・デュリが行方不明なのよ! 美人ばっかり──それも、並外れた美人ばっかり狙われるなんて、そんな気持ちの悪い事件ってないと思わない?」
トニアはため息をついた。
「美人に生まれたい……と思ったことはしょっちゅうあるけど、でもこんな危険な目に遭うなら、美人すぎるっていうのも考えものよね。それにしてもシスター・クリステラは命に別状がなかったからいいけど、シスター・デュリは無事なのかしら? もしかして今ごろ、異国の船の上に乗っているかもしれないと思うと……」
トニアは遠くを見るような目になり、胸の前で両手を組み合わせる。
どうも、誰も彼も、拉致といえば異国に売られることを想像するらしい。本当にそんなことがあるのかどうかフィアは知らないからなんともいえないが、あのデュリが、男なのに女に間違えられて異国に売られてしまった──などと考えると心の中は複雑だった。
(そういうときって、男だとばれたら、殺されてしまったりするのかしら)
普段なら笑い話にするような話だが、今回ばかりは悲壮な気持ちになる。
だから、こんなことは早くやめたほうがいいと言ったのに!
その忠告をきかずに、犯人探しなど始めるから、こんな目に遭うのだ。
フィアは自分もその犯人探しの手伝いをして、犯人を検挙し、ジョルトを出世させてやろう──と意気込んでいたことをすっかり忘れ、悲しく思いながら憤った。
「ねえ、シスター・トニア」
「……え? なに?」
何やら想像に浸っていたらしいトニアが、フィアに呼ばれて我に返る。
「シスター・デュリは、いつ姿を消したの? 最後に見たのは誰?」
「ええとね。たぶん、最後に見たのはわたしだと思うわ。食堂で、一緒に夕食をとったもの」
トニアは思い出すように視線を横にやった。
「そのとき、シスター・デュリは、あなたのことを話してたわ」
「わたしのこと?」
「ええ。あなたが犯人に間違えられて、牢に入れられてしまったことを、ずいぶん気にしているみたいだった。早く本当の犯人を捕まえて、憲兵に突き出さないと……と言っていたわ。それでわたし、『本当の犯人の目星はついているの?』と訊いたのよ。そしたらシスター・デュリは意味深に笑って、『じきに分かるよ』と言っていたの」
「『じきに分かる』……」
「でも、証拠がないから、証拠を固めるとも言っていたわね。それを聞いて、わたし、なんて勇敢な人なのかしらと思って感心したのよ。か弱い女の身で、証拠を集めて犯人を追い詰めるなんて、そんなことおそろしくてとてもできない、と思ったもの。でもシスター・デュリは、なんだかふてぶてしいくらいに落ち着き払って、そんな話をしながらゆうゆうと食事をしていたわ」
(そりゃそうよ。だってあの人、女じゃないんだもの)
フィアは心の中で呟いたが、言葉にはしなかった。
「それから、ここまでは一緒に戻ってきたわ。湯浴みに行って、戻ってくるときには、入れ違いにシスター・デュリが出て行くところだったし。たぶん昨日も、彼女が最後にお風呂場を使ったと思うわ。そのあとしばらくしたら就寝の鐘が鳴って、そのとき、わたしはもうベッドの中にいて」
トニアは一度言葉を切り、また続ける。
「うとうとしはじめるような頃に、いつものように見回りのシスターの足音が聞こえてきたわ。シスター・デュリの部屋の扉を開ける気配がして、それから何か大声で騒ぎ始めたのよ。うるさいなぁと思いながら起きてたら、わたしのところの扉が叩かれて、何でしょうかって答えたら、『シスター・デュリの姿が見えない』というのよ。それで、まだお風呂場にいるんじゃないですかって答えたの。……ほら、最後の人が掃除する決まりじゃない? いつもわたしかあなたが掃除係だったけど、シスター・ギゼラとシスター・デュリが来てからは、あのふたりが掃除係だったものね。それで、見回りのシスターは何かぶつぶつ言いながら走っていったけど、今朝になったら──」
「シスター・デュリが行方不明だと知らされたのね?」
フィアは髪を乾かす手を止めて、真剣な顔で言った。
「そう」
トニアは頷く。
「結局あのあと、シスター・デュリは部屋に戻らなかったらしいわ。見回りのシスターだけじゃなくて、副院長も、何度も様子を見に来たんですって。でもわたしはそんなことがあるとは知らなくて、いつものようにぐっすり寝てしまっていたから、全然気づかなかったのよ」
フィアは頷いた。
トニアは、眠りが深いほうだ。ぐっすり寝たというなら、少々の足音では起きなかったろう。
「朝起きてみたら、修道院中、『シスター・デュリがいない』って大騒ぎになっていたの。それでわたしも、あのまま彼女が部屋に戻ってこなかったんだって知って、さすがにびっくりしたのよ。それで、また憲兵やら騎士やら、物騒な剣をさげた男の人たちがどやどややって来て、あちこち探し回ることになったんだけど、シスター・デュリの姿が影も形も見えなくて、それでもうみんな恐慌状態に陥ってしまって……」
トニアは深いため息をついた。
「もうここにはいられないと取り乱す人はいるし、不安で泣き出す人はいるしで、今朝は大変な騒ぎだったのよ。そんなときに戻ってこなくて、良かったわね、シスター・フィア。でもまさか、あなたがこんなに早く釈放されるとは思わなかったから、姿を見たときはぎょっとしたけど」
でも、嬉しかったぁ、とトニアは言って、しんみりとフィアの手を取った。
「だって、もう見習いはわたしとあなた、ふたりだけになってしまったんだもん。シスター・ギゼラはいなくなっちゃったし、シスター・デュリは行方が分からないし。次に自分が狙われることはないと分かってても、それでも、ここにひとりでいるのはなんだか不安だったの」
「え? シスター・ギゼラはどこに……」
フィアは息を呑んで訊ねた。
まさか、ギゼラまで何かあったというのではないだろうが──。
「あ、そっか。あなたは知らないのよね」
トニアが呟いて、手を口元にやる。
「シスター・クリステラが、修道院を出て行ったことは知ってる?」
「……う、ん。人に聞いたわ」
フィアは頷いた。
それはヴィクターから聞いている。クリステラが、昨日のうちに出て行く予定になっていたのは。
「それはそれで、大変な騒ぎだったのよ」
トニアは肩をすくめながらも、どことなく寂しそうな顔をした。
「公爵家からも何人も女中や侍女が来て、お仕度されて。院長や副院長に挨拶して回ったら、そのあと、顔を合わせた人に片っ端から丁寧に言葉を掛けてらしたわ。見習いのわたしにも『お騒がせして申し訳なかったけれど、とうとうここを去ることになりました。どうぞお元気で』と声を掛けていただいたの。もう、あまりの品の良さ、お美しさに、返事をするのも忘れて見入ってしまったくらいよ」
トニアはそのときのことを思い出したのか、組んだ両手を膝に置いて天井を見上げた。
「本当に、お綺麗な方。修道服は着てらしたけど、黒髪は編んで結い上げていらっしゃって、ヴェールもつけておられなかったわ。もう修道女というより、公爵家のご令嬢、って感じだったわね。これから教会へ行って、大司教さまから還俗のお許しを得られるって人が話してたけど、今ごろはもう俗世の人になっておられるのかしら? 最初から特別扱いだったから、お会いする機会もほとんどなかったけど、こうしてみるとやっぱり雲の上の方よねえ……」
フィアはギゼラのことが気に掛かりつつも、そのときの光景は目に浮かぶようで、自分まで感極まってしまった。きっと本当に綺麗だったろうと思うし、そのときに自分がいれば、クリステラと何か話せたかもしれない、などとも思って悩んでしまう。
いったい何を話せたのかときかれれば、言葉に詰まってしまうのだが……。
難しいことは抜きにして、見送りたかった、というのは素直な気持ちだ。
「そのシスター・クリステラが、この修道院を去ると分かったのが、ほんの一日前のことだったのよ。あなたも知ってると思うけど、この修道院はエトヴィシュ公爵家の息のかかったものでしょう。そこのご令嬢がここからいなくなるというのが、感じやすい人たちにはものすごく大きなことだったらしいのよ。『実は前から、還俗を考えていた』っていう人が次から次に出てきて、その人たちが『シスター・クリステラと一緒に還俗する』と言って、一度に院長のところへ押しかけたの。その数、なんと十七人よ! 十七人! そしたら院長が、貧血を起こしてぶっ倒れちゃって」
「じ、十七人も?」
ふくよかで血色のいい院長が、ふらふらと青ざめて倒れこむ姿を思い描くと、言葉がなかった。
十七人も一気に還俗など、聞いたこともない話だ。
それはもう、大変な騒ぎだったろうと想像はつく。倒れるのも無理はない。
「そ。それで、その中にシスター・ギゼラもいたというわけ」
「シスター・ギゼラも、還俗……」
「還俗というか、見習いだから、別に許しを得なくても俗世に戻れるわよ。彼女がここに入ったときに、ちょうどこんな騒ぎが起こったから、心が揺れちゃったんじゃない?」
「………」
フィアは何も言わなかった。
ギゼラは、何かの覚悟があって修道院に来たように見えていたからだ。
だが、たしかになんだかんだと物騒な騒ぎがあって、この修道院は静けさとは程遠く、それを求めて来たギゼラにとっては落胆続きだったかもしれない。それに、
「シスター・クリステラが還俗しなかったら、誰もそんなことを言い出さなかったと思うんだけど……。ここを去っていくときの彼女があまりにも綺麗で、晴れやかで、全然親しくなかったわたしですら悲しくて涙が出たほどだもの。みんながさめざめと泣くから、ついもらい泣きしただけだけどさ」
だから、他の人がそれに感化されたとしても、仕方ないわよ──とトニアが言うので、たしかにそうかもしれないとフィアも思った。
自分がその場にいても、やはりその同じようにしんみりと悲しくなったろうとも。
ものすごく親しい、と言えるほど親しいわけではないが、それでも、一度や二度話をしただけで、フィアはクリステラの人柄を好ましく思った。また話が出来たらと思ったし、こんな人と友達になれたら素敵だろうな、とも思った。
クリステラ以外の人だったら、きっと、少しは嫉妬したに違いない。王妃になる、という話を耳に挟んだときに。しかし、そんな嫉妬など抱きようがないくらいに、クリステラは文句のつけられない理想の『王妃』そのものだった。王妃になったクリステラの姿を想像するとき、フィアは自分が大勢の群衆に埋もれていくような錯覚に陥る。その群衆の中から、美しく着飾った彼女を城のベランダの上に見上げるような、そんな白昼夢さえ思い描ける気がする。
「そっか……。シスター・ギゼラも、ここを去っていってしまったのね」
フィアは肩を落とした。
「あの人の場合は、もしかしたら他の修道院に移るつもりなのかもしれないけど」
トニアがちょっと肩をすくめる。
「正直、ここは思っていたところと違ってたから、出て行く口実を探してたのかもね。案外、還俗より、それが目当てで出て行った人も多いのかも。わたしだって、行くところがあれば、どこかに移りたいと思うもん」
「そ、そう? わたしは、わりとここが好きだけど……」
もちろん、聖アルメリア女子修道院の次に、だが。
「でもここって、呪われてるといってもいいくらい、ろくなことが起こらないじゃない。最近」
トニアは陰気な顔つきになる。
「たしかに、最近は何かがおかしいわ」
そう言われれば、フィアも同意せざるをえない。
何か、身近に深刻な災難の種があるとしか思えない……。
「ともかく、シスター・デュリを見つけなきゃ。わたし、ちょっとあちこち探してみる!」
髪もだいぶ乾いたので、フィアは果敢に言って立ち上がった。
だがトニアが、「や、やめなさいよ〜」と不安げな声を出した。
「もう、さんざん人が探したあとだってば! それでも影も形もなかったのよ。もしかしたら外に連れ出されてしまったんじゃないかって、憲兵が話しているのを聞いたわ。今は外に出るのを禁じられてるから、勝手に探しに行ったりしたら叱られるわよ」
「でも、それじゃ気がすまないもの」
フィアは少々止められたくらいで、やめるつもりなど毛頭なかった。
「もし修道院の外にいるんだとしたら、知ってる人たちにみんな頼んで、王都中探してもらう。デュリ……シスター・デュリは、黙って人に誘拐されるような人じゃないもの。それが姿が見えないとなったら、きっと、よほどのことがあったんだわ。早く見つけてあげなきゃ」
「頼むって、誰に頼むのよ?」
トニアが眉をひそめた。
「あなた、王都に知り合いなんていないでしょ? ど山奥の修道院から来たんだから」
「たしかにそうだけど、でも、王都に知り合いはいるわ。片っ端から捕まえて、お願いする」
「片っ端からって……。あなたの知り合いなんて、せいぜい孤児院のシスターたちか、靴の修繕の店の人くらいでしょ? そんなの全然頼りにならないわよ。第一、孤児院のシスターたちは、例の火事騒ぎでまだばたばたしてるらしいわよ。受け入れ先の施設がなくて」
「──えっ、まだ見つかってないの? 施設」
フィアはぎょっとして目をみはった。
「へ、変だわ。ちゃんと人に頼んだのに……」
急にうろたえるフィアを見て、トニアは「ほら」とため息をつく。
「だから、シスター・デュリを探してもらうなんて無理よ。諦めたほうがいいわ」
「うー……」
フィアはぱしっ、と両手で頬を叩いた。
どうも、やることは他にもあるようだ。
「人にお願いすることが増えたみたい。とにかく、なんとかしなきゃ!」
「なんとかって……」
「シスター・トニア、あなたも、どこか空いてる施設がないか調べてくれない? いくら暖かくなってきたからって、小さい子供を何日も野宿させとくわけにはいかないわ。でも院長は、こちらには引き取らないって仰ってたし、なんとかして受け入れ先を見つけなきゃいけないの」
「院長が嫌だというんなら、どうしようもないわよ」
トニアはまったく乗り気でないらしい。
「そのへんの民家にでも、押しかけていって泊まるしかないでしょ。嫌がられるだろうけど」
「民家、かぁ。近所の……」
フィアは考え込んで、「それもいいかもしれない。きいてみる!」と、その場から飛び出していった。トニアは「ええ? 本気?」と呟いたが、もう遅く、そのときにはフィアは廊下の先を走っていくところだった。