KNIGHT AND SISTER2《騎士と乙女2》

第五章 消えた麗人 4

──時はしばらく遡る。


深夜、修道院は静まり返っていた。
デュリはぱちり──と目を開いて、ベッドから身を起こした。体の重みでギシリと木がたわんだが、気にしない。相部屋だから隣にはもうひとつベッドが置かれているが、そこには誰もいなかった。
毛布を払いのけ、素足を床におろし、少し窮屈な靴を無理に履く。
空いたベッドに寝るはずだったのは、同時期にここに入ってきたギゼラだ。
だがどういうわけか彼女は、自分が“女ではない”ことを見破ってしまった。
院長に挨拶したときも、先輩修道女に建物の隅から隅まで案内してもらったときも、ラディウス公爵家の分家にあたる、実在する伯爵家からの紹介状──などというものを急遽作って用意したせいか、何かおかしいなどとは微塵も思われずにすんだので、このままうまくことが運ぶのではないかと楽観しかけていたのだが。やはり油断ならない人間というものはいるものだ。
まあ、一人や二人は気づく人間はいるだろうとは、内心思っていたのだが……。
鏡を見れば、そこに映るのは若き日の母の肖像画に瓜二つの稀なる美貌。あまりにも本物の女のようで気味が悪い、と自分ですら嫌になるほどだ。赤の他人が見れば、女ものの修道服を着ている時点で『修道女』にしか見えない。
──そのはずだった。
(だが、『あの女』は気づいた)
月光が窓から差し込む、焦げ茶色の板張りの細い廊下を進みながら、デュリは軽く爪を噛む。
(僕が『あの女』の行動に注意を払うようになったのは、そのせいだった)

『あなた、男でしょう? シスター・デュリ。
……いいえ、デュリさん、と申し上げたほうがいいのかしら』

相手が男と知っても動じず、悠然と言った。
その上で、こんな奇妙な提案までしたのだ。

『わたし、シスター・トニアと一緒の部屋になりたいんです。あなたとではなくて』。

(入ったばかりの修道院に、女装の男が紛れ込んでいた。平穏無事な修道院生活を夢見ていたギゼラは、『見習いは相部屋』というこの修道院独自の規則により、その男と同じ部屋で生活しなければならなくなる。──当然、彼女は拒否をする)
デュリは心の中で、ゆっくりと自分の声で呟いた。
(彼女は『男が紛れ込んでいる』と騒ぎ立てることができた。だが、そうしなかった)
それが普通の反応だったろうと思う。
(『こんなところにはいられない』と自らここを飛び出すこともできたが、それもしなかった。彼女がしたのは『部屋の交換』──それだけ。それも院長を通さず、本人同士の同意のもとに穏便に、隠密に済ませた。それはなぜか?)
答えは簡単だ。
彼女自身に“自分と同じ部屋では困る理由があった”。──だからだ。
なんらかの明確な意図を持ってこの修道院にやって来たギゼラは、当初、一人部屋を与えられると思っていたに違いない。だが、そうではないと知って、多少は計算が狂ったと思ったろう。それでも平気な顔をしていたのは、デュリ同様、図太い神経の持ち主だからだ。
しかし、さすがにその同居人が『男』というのは都合が悪かった。

『ただわたしは、ここで静かに、ひっそりと暮らしたいだけなのです。俗世のわずらわしいことから解放されて、誰からも忘れ去られたように。……それだけが願いでここへ来たんですわ。なのにここでも恋だ愛だと、そんなことに巻き込まれたら疲れ果ててしまいます』
『恋や愛? 誰のことです?』
『それは、あなたとシスター・フィアのことに決まっています。──違うんですの?』

そう言って、
『やはりあなたと一緒のお部屋というのは、気持ちが落ち着きません。シスター・トニアと同じ部屋にしてもらいます。……シスター・フィアと一緒でも良いのですけれど、そうするとあなたが夜中に忍んで来そうで怖いですし』
と、もっともらしい理由をつけ、ギゼラはトニアと同室になれるよう話を無理やり運んだ。
何を企んでいるか知れない非常識な男《デュリ》や、その男が忍び込んでくるかもしれない隙だらけの娘《フィア》と同じ部屋では、ギゼラの行動は著しく制限されてしまう。
その点、トニアなら安全だ。
なぜならトニアが見習い修道女の中で一番、ギゼラという人間に『無関心』だったから。
どうしても誰かと相部屋にならねばならないなら、その相手はトニアしか考えられない。
だから多少強引でも、怪しまれてでも、そうするしかなかったのだ。
そのときはデュリのほうも『得体の知れない男と一緒にいたくない』というギゼラの言葉をもっともだと思ったから、それほど疑問を持つことなく、同居人の交換を承諾した。その結果、自分と相部屋になるのがフィアになるのなら、そのほうが気兼ねしなくてすむから気が楽だ、という本音もあって。
そうして、ギゼラはトニアと相部屋になった。
──それからほどなく、クリステラの毒殺騒ぎが起こる。
クリステラの食事は、ほかの修道女たちの食事とは別の場所で、別の人間の手によって作られていた。
食事係の修道女ではなく、専属の料理人たちだ。
彼らはエトヴィシュ公爵家に直接雇われ、給金を受け取っている、いわば『使用人』である。修道院の中に専属の料理人を置くという神経はどうか……という問題は別にして、その使用人たちがある日突然、雇い主の娘であるクリステラの食事に毒を混ぜるということは考えにくい。
実際に憲兵たちの取調べでも、料理人たちは厨房の管理不行き届きについては厳しく責任を問われたものの、毒殺──未遂だったが──の罪には問われていない。
クリステラの侍女としてふたりの女性がこの修道院で暮らしていたが、そのどちらも、同じように罪には問われなかった。
年長の侍女エリージエは実家に里下がりしており、毒を入れることは不可能。
年少の侍女アルマはクリステラとは姉妹同然の仲で、しかも忠誠心が高い。どんな理由があるにしろ、『毒』などという物騒なものを使うはずがない。──アルマの裏切りはない。ゆえに公爵家に関わる人間は全員潔白。それが憲兵の出した結論であり、デュリ自身も、クリステラとアルマの会話を立ち聞きなどして納得したことだった。
──そもそも毒というものは、扱いが難しい。
肌についただけで真っ赤に腫れ上がったり、水泡ができたりする。
それだけならまだしも、間違って指先についたのを舐めでもしたら、大変なことになる。体のどこかが痺れて、しばらく動かなくなったり、そのまま痺れが残ったりすることもあるのだ。
そうしたことを『知る』デュリからすると、毒についてなんら知識のない者が、他人の食事に毒を混ぜる──などということは、まったく簡単ではない。その簡単ではないことを平然と、かつ誰にも見咎められずにやったのだから、やはり犯人は毒に詳しい人間とみていいだろう。
そして、毒に詳しい人間が犯人だとすれば、クリステラは『毒殺されかけた』のではない。
あれは警告。
命が惜しければ身を引け、というメッセージ。
そのために、命を落とさない量をちゃんと見極めて毒を盛った。
クリステラがあれほど順調に回復したのも、毒の量が少なかったからだ。多ければ泡を吹いて倒れたきり、その場で息を引き取っていただろう。だがそうはならなかった。彼女は唇を紫色にして倒れたが、回復後は、体のどこにも後遺症は残らなかった。
日ごろの行いがいいから奇跡が起こったのだ──といえばそうかもしれない。フィアあたりが大真面目に言いそうなことだ。しかしデュリにしてみれば、毒のことを知り尽くした人間が犯人であるという可能性のほうが、やはり高く残る。
そしてデュリは、ずっと、ひとつの可能性について考え続けているのだった。
ギゼラの、あの異様なほどに痩せた体。幸薄げにこけた頬。血色の悪すぎる青白い肌に、若いとは思えないほどささくれて痛んでいる、まるで老婆のような手。
あれは、毒や薬を扱う人間の手ではないのか。
そしてあの痩せこけた体は、自ら毒を飲んで致死量を試す人間のそれではないのか──と。
そう、思わずにいられないのだ。


こともなげに自分を男だと言い当ててみせた、あの鋭い観察眼。
あれは、人と同じものを見て、同じに思わない人間だけが持つ特殊な目だ。
誰しも、『これは白だ』と自信たっぷりに言われれば白だと思う。何もかもに疑問を持ちながら生きていくなんて、そんなことは疲れることだからだ。それに第一、意味がない。結論が白だろうが黒だろうが、灰色だろうが、それで世の中がどうなるわけでもない問題というのはたくさんある。
だが彼女は『白ではないかもしれない』と考える。そういうふうに、頭ができている。
(少し、自分に似ているな。あの女……)
そんなことを思うと、デュリは幾分苦い味を口の中に感じた。
世の大勢から外れたところに立ち、冷めた目で世界を見ている人間。
白と言われても、白であることを素直に信じることのできない人間。
デュリもそうだった。
そのために今までどんなに苦労してきたか知れないほどだ。
兄──ノイエ=ラディウスもかなりの堅物で、真面目すぎて融通がきかないところがあるが、しかし兄には人の意見に耳を傾ける柔軟さがある。人の言うことを鵜呑みにすることはないが、かといって、周りの人間の思いや、世間の常識、世の流れといったものを無視したりはしない。
兄はそういう意味で、バランスの取れた人間だ。
こうと決めた結論の中に、まだ、何かを容れる余地を残している。それがときには優柔不断となり、裏目に出るときもあるのだが、そんなときでも、生来の人の良さに紛れてさほどの欠点には見えない。貴公子は優柔不断なくらいでちょうどいいと、そんなことを人に思わせるような得な人──ではある。
といっても、到底、器用な生き方だと褒めることはできないのだが……。
(まあ、不器用なのもあの人の長所といえば、長所だしね……)
デュリは小さいころのことを思い出して、張り詰めていた気分がふと和むのを感じる。
これから『犯人』を追い詰めようという大事なときに、緊迫感を失ってはいけないと思いながらも、兄の顔を思い浮かべるだけでそうなってしまうのだからしょうがない。
けして仲の悪い兄弟というわけではなかったが、兄とは、いろいろな事情があってうまくコミュニケーションを取ってこれなかった。
間に入っていたのは、いつも父と母。父が兄を贔屓すれば、母はそれをけなして弟である自分に肩入れした。逆に父が兄を叱りつけるときには、母は兄を庇うことに夢中になり、自分の存在を忘れた。
いつも、父と母のあいだでしか、兄と自分は存在してこれなかった。
振り子のような兄弟。
兄がいるあいだは、自分はあの家の『邪魔者』だった。
そして兄がいなくなったあとは、兄の代わりにされた。
それでも父に期待され、母に褒められれば嬉しいと思ったものだった。──子供のころは。だが今は、あの家に必要なのは自分ではなく、やはり兄なのだろうと思う。だから兄が公爵家に帰ってくると聞いて、今度は、入れ違いに自分が出て行くことにしたのだ。
最初は、兄が突然『養女にする』と言い出した娘の顔をひと目見てやろうと、それしか考えていなかったのだが……。それがフィアだと分かると妙に気が抜けてしまい、同時に、公爵家のこともどうでもよくなってしまった。
もう、あそこには兄がいる。兄がいれば、それでいいのだ。
別に腹黒い女に騙され、家ごと乗っ取られようとしているわけではなさそうだし、養女にしたのを王妃にしようと思っているらしいが、現実的に考えるとあのフィアでは、とうていその任に耐えられそうにない。もしそうなっても、短期間で自分から逃げ出すだろう。そうに決まっている。
王妃になりかけてそこから逃げ出すような娘など、もはや傷ものだ。恥いがいの何者でもない。どこにも始末できなくなったら、それこそ兄が引き取ればいいのだ。養女ではなく妻として。
それを嫌だというなら、フィアくらいは、自分が貰ってやってもいい。少なくとも害はなさそうだから。
結婚、という言葉はデュリのなかではまったく現実味のない言葉であるが、朝起きたらフィアがそこにいて、焼け焦げたパンを出してこようとしたり、自分で洗濯しに川へ行って召使いたちを呆れさせたり、その川にうっかり落ちてマヌケにも風邪を引いたりするのだと思うと、それはそれでなかなか愉快な生活じゃないかとも思ってみる。
(うーん……。でも僕のことだから、一年くらいで飽きてしまうかもしれないなあ)
それなら兄のほうが辛抱強いし、面倒見がいい。
やはり、兄がフィアを貰い受ければいいと、デュリは思う。
そうだ。フィアなど、横目で眺めて楽しむくらいでちょうどいいのだ。
(──それにしても、どこに隠れてるんだろう。あの女)
誰にもすれ違わない真夜中に、デュリはひとり、月光の差す修道院の庭を横切っていく。
ギゼラが毒殺犯かもしれない。
直感的にそう思ってから、あちこち回って証拠を集めた。そして少し前に、ついに確たる証拠を押さえたのだ。それはギゼラがこの修道院に入るときに持参した紹介状だった。
半開きの扉から、無人の院長室に忍び込み、机の引き出しの中に眠っていたそれを見つけたとき、デュリはこれだと思って目を見開いた。左手に握り締めた紹介状は高級な紙質のもので、いかにも名門家らしく真っ赤な蝋で印璽が押してある。
紹介状の一番下に書かれている名前は、フランツ=ゴドセヴィーナ。
ゴドセヴィーナという名に聞き覚えがあった。それはウルヴァキアの北方に位置する、小さいが、軍事上の要所となる領土をおさめる伯爵家の名。そしてゴドセヴィーナ伯爵家の令嬢こそが、カタリナ=ゴドセヴィーナに他ならなかった。


つまりはギゼラは、カタリナの家と繋がりを持つ女だということだ。
たとえばギゼラは、カタリナの領地で伯爵家の侍女のようなことをしていた女かもしれない。あるいは召使いだったかもしれない。そういう女が、雇い主に紹介状を作ってもらい、名門修道院の門を叩くということはそう稀なことではない。熱心に働いた侍女や使用人ならば、それがもし修道女になりたいと希望するなら、それなりのところへ入れてやりたいと思うのが主人としては人情だからだ。
しかしそれにしては、あまりにも、カタリナの領地とこの王都は離れすぎている。
カタリナの領地は、ほとんどウルヴァキアの最北端に近いところにある。その北にある『大帝国』との国境線のほうが、この王都よりも近いというくらいだ。領地内にも修道院はあるだろうに、わざわざこの王都へ来たということは、ギゼラ自身に修道女になりたいという積極的な意志があったというよりも、むしろ、それをお膳立てしたカタリナの父や兄たちに、なんらかの思惑があったと考えたほうが自然だ。
でなければ、カタリナも在籍している修道院に入ってきながら、ギゼラが主家筋のカタリナに挨拶しなかった理由がない。そうしていれば、カタリナも、ギゼラを見る目は違っていたはずだ。自分の兄の紹介状を持っている人間と分かれば、すでに大勢の取り巻きがいて新入りになど興味がないカタリナでも、一言くらいは義理で声を掛けたに違いなかった。
カタリナが、ギゼラが自分の家にゆかりの人間だと気づいていなかったのは確実だ。
そんなことは、まったく知らなかったろう。
だから『あなたの取り巻きの中に犯人がいるかもしれない』と仄めかしたとき、カタリナはギゼラではなく、ご機嫌取りのエミリアやジュリア、小娘のマリエラといった、以前から自分の近くにいる人間に疑いの目を向けたではないか。
その後も数々の情報を集めて、フランツ=ゴドセヴィーナというのは、カタリナの父ではなく兄の名前と判明した。
このあたりは、レヴィンからの情報提供が絶大に役立った。
男の格好に戻り、レヴィンのところへ足を運んで『こういう名前の人間をご存知ですか?』と訊ねたとき、彼は『たいした情報でもないが』と前置きしたあと、次から次へと、流れるように貴重な情報の数々を艶やかな口元から吐き出してくれた。さすが、宮廷内で『梟の目』などとあだ名されて、煙たがられているだけのことはある。そしてレヴィンにとっては、集めた情報がすべてなのではなかった。それは彼の頭の中でさまざまに練られる策の『下準備』でしかないのだ。だから見返りなく、自分のような人間にも情報を提供してくれた。
あるいはレヴィンは、自分が兄のノイエと違い、フィアをラディウス公爵家養女にすることに激しく反対していると思っているだろうから、そういう意味で『反・フィア同盟』の一員として親近感を抱いてくれているのかもしれない。
それは今さら『違います』と否定することでもないので、勘違いするならさせておいたほうがいいとデュリは思っている。レヴィンはやり手の人間だろうが、言わせてもらえば、自分も病気の父に代わって長年ラディウス家の広大な領地を治めてきた人間だ。若いといっても、侮られる筋合いはまったくない。少なくとも兄のノイエよりは、万事うまくやってみせる自信はある。
──何もかも兄の手に戻った今、それを誇っても空しいだけなのだが。
(ま、『見返りなく』ってわけじゃないか……。少なくとも、フランツ=ゴドセヴィーナという人間がこの件に関係しているということを、わざわざ教える形になったわけだから。今ごろはあの人はあの人で、独自に調査を進めていることだろう。持ってる情報網が違いすぎるから、もしかしたらあちらのほうが先に結論にたどり着いたかもしれないけど)
しかし、ギゼラという名の新入り修道女が、そのフランツの紹介状を持ってやって来たということは、彼の緻密に張り巡らした情報網をもってしても知りようのないことだろうとデュリは思う。女子修道院というのは、彼の情報の地図に点々とあいた小さな穴、盲点だ。もとより俗世とは隔絶されているはずの修道院に興味などないだろうが、そこで何が起こっているかは、残念ながら内部にいる人間しか分かりようがない。
ギゼラとゴドセヴィーナ家の関係を知ることができたのは、紹介状を渡された聖ドロテア女子修道院の院長、ただひとり。それをのぞけば、その院長室に忍び込んで机の中を漁った自分だけのはずだ。
そして院長は、あの通りのぼんくらである。ゴドセヴィーナ家の紹介状を持っていたから、あっさりとギゼラを受け入れた。そしてその後は、そのことを忘れたに違いない。何しろここは、辺境の伯爵家よりも、『血筋だけなら』格上の貴族の娘たちがごろごろしている場所。それにギゼラが来てからというもの、次から次に事件が起こって、院長は気の休まる暇もなかったろう。
今も、集団還俗の件にショックを受けて寝込んでしまい、熱を出してうなされているのだ。
ただクリステラひとりがいなくなるというだけで、突然集団であのようなヒステリーを起こすのだから、修道女というものは繊細という以上に難儀な存在だと思いつつ、デュリはひたすらギゼラの影を追い求める。
月光の下に、それはまだ見つかっていない。
クリステラを追って『わたしもこの修道院を出て行く』と泣いたり、叫んだりする修道女たちのあいだに紛れ込んでいたギゼラの姿を、たしかにデュリは見たのだった。けれど、彼女たちが行列を作って出て行くときに、そこからギゼラの姿は消えていた。
忽然と。
だからデュリはこう結論した。
ギゼラは出て行っていない。
まだ、この修道院に残っている。
さも、あの騒ぎで出て行ったように見せかけて、彼女にはまだここでやることがあるらしい。
だとすれば、何がなんでも彼女を捕まえなくてはならないのだ。
なぜなら、カタリナの兄の命令で、クリステラに毒という形で明確なメッセージを送ったギゼラの目的は、やはり“王妃として立とうとする人間を引き下がらせること”。だとすれば次の標的は、遅かれ早かれ──
後ろ盾も何もないとはいえ、王妃の座に最も近いフィア=リンネルに移るに相違ないからだ。