──王都・大教会──
清涼な朝の空気に、この日は柔らかな日差しが混じりこんでいる。
ちょうど太陽を背にして厳粛に建ちそびえる大教会は、半年ほど前に起きた“暴徒騒ぎ”の際、建物の一部が崩れるという不幸に見舞われたが、今はすっかり修復もすみ、かねてから痛んでいた場所も修繕されて、以前よりも立派な姿になっていた。
それを目指して、王都の民が次から次へと階段を上ってやってくる。その上の開けた円形広場には、従者を連れた騎士や、家人をともなった貴婦人たちが、知り合いの姿を見つけて朗らかに談笑する姿があった。
それほど裕福ではない民たちも、今日は一張羅を着て、母に手を引かれ、あるいは祖父母の背を押しながら意気揚々とやって来る。恋人だとすぐに分かる、頬を染めて寄り添っている二人が手を繋いで歩いてくるかと思えば、幼い兄妹だけで元気よく走ってくる姿もあって、それらの人がひしめきあう教会前広場は活気に溢れていた。
教会でミサは日に何度も行われているが、この、祝日の朝のミサは特別だ。
普段は“体調不良”のために姿を見せない高齢の大司教が、あちこちガタのきている体に純白の法衣をまとい、なかなか動かぬ足を引きずりながら歩いてきて祭壇に立つのだ。祈祷文を読み上げる声はさすが年季の入ったもので、普段はぼけて何を言っているのか分からない状態だ──などとは到底思われない。齢はついに九十を越えたという話で、それほど長生きできるのもひとえに神の加護があるからだろうと思われ、余計にありがたみも増す。それに何より、王都の者なら子供のころから見慣れているのが、この大司教のミサだった。
それを見るために、普段は自宅の礼拝堂で祈りをすませてしまう上流の貴族たちも、わざわざここへ足を運ぶのだった。そのため祝日の朝は、あちこちからやってきた貴族たちの馬車で、教会前の通りはごった返すのである。
そんなわけで、祝日のミサは上流階級の一大社交場と化すことがあった。
普段はあまり口をきかない貴族どうし、騎士どうしでも、近くに座れば会釈をしあい、気が向けば互いの近況を口にしあう。宮廷では権力争いから反目しあう身であっても、城下の酒場で、酔った末の口論で切りあい沙汰を起こした者たちも、この日ばかりはおとなしくして、自分の罪ではなく相手の罪が許されますようにと、寛大な気持ちで神に祈るのだった。
そんな祝日のミサに人が集まる理由が、もうひとつある。
月に一度ほど、そこには国王一行が姿を現すのだ。
このところ、王都カルツアネスにはこんな格言が流行している。
いわく──『国王陛下の謁見の列に並びさえすれば、問題は解決したようなものだ』。
国王の謁見は月に三度、十日おきに開かれている。
最初のうちはそのような頻度ではなく、謁見を希望する者も限られていたが、即位から一年以上が経った今では、貴賎を問わず、王都中からありとあらゆる人びとが詰め掛ける。その列は長蛇といっていいもので、高台にある城の城館入り口から、ゆるやかに蛇行した道をくだりくだって、城下の入り口まで続くのである。
そのため、謁見は深夜まで及んだ。さすがに朝まで続けるわけにはいかないので、月の光が、深まった闇の中に鋭い光を煌々と放ちだすころになると、その日は打ち切りということになった。そのときに謁見室に入れなかった何十人かには、銅製の立派な札が渡される。次の謁見日には、それを持っていれば優先的に列に入れてもらえるというわけだ。
その札を取り合って「盗んだ」「盗まれた」の騒ぎが起こるほどで、一日中並んでやっとこさ札を貰えた者は、ほっとする反面、少なからず怖い思いをして夜道を帰らねばならなかった。城から城下までの下り坂は騎士たちが護衛についてくれるし、そこから先も憲兵の定期的な夜間巡回があるので実際にはそれほど問題は起こらないのだが、それで怖さがなくなるわけではない。いくら治安がよくなったといっても、強盗、夜盗の類は皆無ではない。大陸屈指の人口を誇るこの都は、隠れた犯罪者たちの巣窟でもある。
──それにしても、前の国王が一度しか行わず、その一度きりでうんざりしてやめてしまった謁見を、今の国王は即位してから一年間、途切れることなく続けているというのが、王都の民にしてみればある種の奇跡のように思えるのだった。
さすがに国王が隣国へ行ったときなどは休止となるが、戻ってくると、また前と同じように謁見は再開された。
そうして国王は連日連夜、王都の民の嘆きに耳を傾け続けた。淡々と。
その前に机はなかった。ただ立派な玉座があり、その前に広々とした謁見の間があるばかりだった。とはいえ、その脇には秘書官と書記官たちがずらり、十人ほどが机を並べて書き物をしていた。彼らに書き物を任せて、国王はといえば、時々肘掛けに肘をついて頬杖をついたり、疲れたように足を組み替えたりしつつも、一日中途切れることのない人の波に向き合った。
朝から晩まで、隣人との諍いから地方領主の不正にいたるまで、ありとあらゆる問題が謁見室に持ち込まれたが、国王はそのどれにも公平な判定を下し、自分で分からないときにはその道の賢人と思われる人物を召し出して意見を聞き、そのうえで結論を出した。
幸いにもウルヴァキア王国の宮廷には、現在、さまざまな問題の専門家が控えていた。先代の御世に吹き荒れた粛清の嵐を逃れ、散り散りになっていた者たちを、国王はひとりひとり行き先を突きとめ、直筆の手紙を書いて、自分のもとに伺候してくれるよう丁重に頼んだのだった。
大半の者がそれで折れて、むしろ快く王都へ戻ってきた。
それでも、学者肌の有能な人間の一部は、政治の世界、泥沼の権力闘争に再び巻き込まれることを嫌ってその手紙を無視した。──無視しようとした。しかしよく見れば『戻ってきてくれれば、国王の名において自由な研究を保証する』という文言があり、『追記※ その費用も、ある程度は』とあるのを発見して、「ある程度とは、どの程度か?」とさすがに心を──ぐらぐらと──動かされて、しぶしぶという顔で王都へ戻った。
その結果、「ある程度とは、この程度だ」と、予想より遥かに少ない、ケタまで削れている金額をそ知らぬ風に提示され、愕然となるのだったが……。
あのまま田舎に引っ込んでいてもろくな収入は得られず、生活はいずれ困窮したであろうことは想像に難くないので、それを思うと泣く泣く諦めるしかなかった。国王は「まあ、国庫の金が回復したらまた……」と苦笑するのだったが、いつ国王の借金がなくなるのか分からないうえに、謁見のたびに呼び出されて難問を押しつけられるのだから、まったくわりに合わない。
──とはいえ、新しい宮廷の空気はそう悪いものでもなかった。
財務や法務に携わる文官たちも、以前は一に家柄、二の賄賂の額で昇進が決まると言われていたのが、平民も貴族も入り乱れての完全なる能力主義となり、顔ぶれは一新された。そうなると有能な者たちが、互いに互いを蹴落とそうとしのぎを削ってもよさそうなものだが、人事の妙というべきか、実にうまい具合に人材が配置され、常にどこかの空気が入れ替えられて、流れはときたま緩むことはあっても、淀むことはなかった。
冷たい風が吹き抜けでもしたのか、宮廷から膿んだような空気が消えていた。
そうして人材が揃い、ゆっくりと自力回転しはじめた“新しい宮廷”で、解決できない問題などほとんどなかった。──そのため、城下ではこのように言われるのである。『国王陛下の謁見の列に並びさえすれば、問題は解決したようなものだ』──と。
──話は戻って。
その国王が教会に来るのは、今のところ祝日のミサだけである。
以前は毎週来ていたが、最近は忙しいのだろう、飛ばし飛ばしだ。それでも、謁見の列に並ぶことのない者たちにとっては、それが自国の国王の姿を見られる貴重な機会である。王都も広いので、戴冠式のときにも家にこもっていたような者たちは、未だ国王の顔を見たことがないのだった。
しかし──
この日、教会前広場の隅に陣取った同じ色の修道服の女性の一団は、そのようなことを気にしてはいなかった。──というより、知らなかったのだ。今日のミサに国王が来るかもしれない、などとということは。
彼女たちはそれとは別のもの──人──を探しに来たのである。
最終的に、それが同じ人物へ行き着くのだとは、まさか思わず。
「ずいぶん久しぶりに来たけれど、ものすごい人出! 驚いたわ」
「人に酔いそうですわね……。どこもかしこも人でいっぱいで……」
「まあ、市まで立ってるわ! 昔はなかったような気がするけれど、気のせいかしら?」
「一年ほど前から、祝日は市が立つようになったんですよ。あとで見に行きますぅ? せっかくですし。……ああ、でも、この中から本当に“シスター・フィアの想い人”を見つけられるのかしら? なんだか、去年来たときより増えてる気がするけど……」
トニアがひるんだように言って、あたりを見回す。
「何かの記念日かしら? 聖人の誕生日とか」
と、近くを通り過ぎる男たちが、「今日は国王陛下が」と言うのが耳に入った。
何人かの修道女が、それを聞いて目を瞬く。
「あら……。運悪く、国王陛下が来られる日に行き当たってしまったようですわ」
「それで人が多いのかしら?」
「そのようですわね……」
「きゃっ、なんて幸運! 国王陛下のお姿を拝見できるなんて」
このところめっきり教会から遠ざかっていたトニアは、思わず叫んだ。
いつぞやは、その国王とちらりと目が合った──と思ったことがあったが、その後それを期待して何度か通ってみても、二度と目が合うことはなかったので、自分の気のせいだと思って落胆した。
そのうちに炊き出し班に加わるのも面倒くさくなって、教会に行かなくなったのだが……。
「それなら、お付きの騎士の方々もいらしてるに違いないわ。皆さん、うっとりするほど素敵なんですもの。ああ、早く中に入っていい席を取らないと──」
「シスター・トニア。何をしに来たのか忘れてはいけませんよ」
浮かれていたトニアに、年配の修道女が釘を刺す。
この修道女も、昨日、フィアとカタリナのやり取りを聞いた一人である。若い修道女が人生に迷っているのをかわいそうに思い、なんとかしてやらなければと一念発起して、こうしてついてきてくれたのだった。
「そ、それはもちろん、忘れてはいませんわ! シスター・フィアのため……」
気もそぞろな様子で、トニアはあちらこちらへと視線をさまよわせた。
「でも、こんなに人が多かったら、人探しなんて無理ですわ……」
すると、群衆を見つめていたエミリアが振り返り、
「そんなことないわよ。おばかさんね」
と、口調はあくまでかわいらしく、けれど吊り上げた目もとは冷ややかに言った。
「ここへ来る人が多ければ多いほど、その中にシスター・フィアの結婚相手を見つけられる可能性も高くなるというものだわ。……でも、なんにしてもミサが終わってからね。炊き出しはそれからだもの」
「炊き出し?」
「ええ。だって、炊き出しの列の中から探さなくてはいけないのでしょ? まだ来てないかも」
「………」
エミリアの言葉に、トニアはすぐに返事ができなかった。
昨日カタリナが言ったことを、エミリアはどうやら真に受けているらしい。カタリナはおそらく冗談半分で言ったのだと思うが、エミリアは本気のようなので、なんと言っていいものか困る。そのカタリナも、今日は『特に行きたい理由もない』と言って修道院に残っているので、エミリアの手綱は本人の背中に垂れ下がったままだ。危険きわまりない状態である。
「炊き出しって、まだやってるの? シスター・カレンが『わたしは行かない』と言って修道院に残ったから、今週はないのだと思ったけど……」
ジュリアが不思議そうに顔をしかめて言った。
それをエミリアがちらと振り返り、首を振る。
「やってるらしいわ。でも、前ほどの規模じゃないという話だけれど」
「あら、そうなの? だからうちの修道院は参加をやめたのかしらね」
「やめたわけではないんだろうけど。炊き出しを手伝ってた人たちは、ほとんど聖イローナへ移籍してしまったでしょ。それで、シスター・カレンもなんとなくやる気がなくなったんじゃない? 結局、ひとりじゃな〜んにもできないのよ。彼女」
エミリアはカレンに対して辛口だった。
「まあ、シスター・エミリア。それは違うわ」
おとなしめの修道女がたしなめる。
「シスター・カレンはね、今日は『シスター・フィアの体の具合が心配だから』と言って、修道院に残ったのよ。シスター・フィアったら、風邪を引いてしまったんですって? なんでも、ひどい熱らしいわよ。きっと、昨日の話を聞いて持参金のことが苦になったに違いないわ……」
早く解決してあげたいけれど、とため息をついて言う。
「えー、風邪!? 大丈夫なのかしら!?」
トニアが驚いて目をみはったが、エミリアが「馬鹿ね、ほんとに」と鼻を鳴らした。
「シスター・フィアは風邪なんて引いてないわ」
「どういうことですの?」
「それはわたしとジュリアが、“どうやってシスター・フィアの結婚相手を探すか”を相談していたのを聞いて、思い違いをしたのね。『シスター・フィアが高熱を出して死にそうだってことにすれば、いいんじゃないかしら』って話していたから」
「『高熱を出して死にそう』?」
トニアをはじめ、他の修道女たちがぽかんとした顔になった。
この場には十人あまりの修道女がいるが、エミリアとジュリア以外は、ほぼ同じ顔だった。
「そぉよ。いい案だと思わない? それなら絶対、結婚相手が名乗り出てくるはずだわ」
エミリアがいたずらを思いついた女の子のように目を細めて微笑み、一同を見回した。
見回された側は誰も、頷けなかった。
けっこうずさんな案ですねとは、誰もなかなか口に出せない。
「だって、結婚相手が死にそうというときに、それを見捨てるような人間がいると思う?」
エミリアが自分で言いながら、それに付け足しを思いついて肩をすくめた。
「でも──そうね。もし、その人が度し難いほど内気で、自分の身なりとか身分とか、借金取りに見つかるのなんかをうじうじ気にして、その場では名乗り出られなかったとしてもよ? あとでこっそり修道院に来るに決まっているわ。どっちにしたって見つかるわよ」
エミリアは自信満々だった。
「でも、シスター・エミリア。その人が今日のミサに来ていなかったらどうしますの?」
トニアが唇を尖らせつつ、おずおずと訊ねる。
それは致命的なことのように思えたのだが。
「来るわ。絶対に」
エミリアがきっぱり断言した。
「一度炊き出しの列に並んだ人間は、次の週も、その次の週も、列に並びたいと思うはずよ。だって、並ばないと損ですもの!」
「………」
トニアは黙った。他の修道女たちも、渋い顔で黙っていた。
そんな中、フェリスが気乗りしないように口を開いた。
「あんまり無茶なことをして、シスター・フィアの縁談が、破談してしまったら……」
フェリスは『今日はフィアのためにミサに行く』と言って、珍しく修道院の敷地をまたいだのだった。エミリアはそんなフェリスの顔を見て、
「それで壊れるような縁談なんて、最初から壊れているようなものですわ」
と飄々と答えた。
「そもそも、シスター・フィアが優柔不断で、半年も修道院から出られないというからいけないんです。そんな内気で、結婚なんてできるはずがありません。放っておいても破談しそうな結婚話を、わたしたちがなんとかしてあげよう、というのですわ。感謝されこそすれ、恨まれる筋合いはないと思いますけど。たとえどんな結果になったって」
「でも、彼女、とても相手の方に気を遣っているようだったわ。気難しい方なのかもしれないし……」
「だから、なんですの? どんなに気難しくとも、結婚相手が死ぬと聞かされて、会いに行かないはずがありません。そんな薄情な男なら結婚しないほうがマシ、そう思われませんこと?」
「それは、そうだけども……」
フェリスは言葉を濁した。
エミリアは大きな吐息をついて、また口を開く。
「結局、シスター・フィアは自信がないんですわ。それで自分から会いにも行けないし、悩みがあっても、相談することもできない。そんなことをしたらきっと、捨てられると思っているんですわ。変な人。……でもそこで相手が飛んできてくれれば、シスター・フィアも『わたし、愛されてるわ!』と実感することができるはず。そうなったらもう、お金の話なんてたいしたことではないんですわ」
間違いない、というようにきっぱりとした口調だった。
「まあ、確かにそうかも」
トニアは視線を斜め上にやって呟いた。
いつも支離滅裂なことばかり言うエミリアにしては、その話はまともな内容のように思える。確かにフィアは自信がないに違いなかった。きっとお金がないせいだろう。昨日の彼女は、持参金がなければ結婚できないと思い悩むあまり、足取りもふらついていた。
しかし、本当に相手が炊き出しの列に並んでいる男なら、持参金など必要ないはずだ。それが、まかりまちがって子爵家とか、男爵家とか、相応の身分の相手となると話は別だが……。
(まあ、相手は貴族じゃないだろうしぃ……。シスター・フィアの好きになる人なんて)
フィアはきっと、朴訥で口数の少ない、お人よしの農民と結婚するのだという気がする。
そういった農民が、出稼ぎのために王都へやって来て、生活費を浮かせるために炊き出しの列に並んでいたところを、何度か炊き出しの手伝いに行っているうちに顔見知りになり、どちらかから──おそらく向こうから──声を掛けて、密かに付き合い始めたのではないだろうか?
(それにしても、そんなことよく秘密にしていたもんだわ。彼女ったら!)
逢引の場を他の修道女に見つかったら、深刻な問題になっていただろう。
それを今、誰もたいして咎め立てしないのは、『聖ドロテア女子修道院はもう無くなってしまうのだ』というしんみりとした感傷のためだった。還俗の道を選んだ修道女もおり、移籍していった修道女もいる。そんな中、行くアテはあるというのに修道院を出られず、小さなことでくよくよしているフィアに対して、誰もガミガミと怒る気になれないのだった。
むしろ、この修道院から送り出す最後の還俗者として、なんとかしてやりたいという思いのほうが強い。
他の修道女たちも同様の思いを抱いたのだろう。
「シスター・フィアは内気で気弱なところがありますから、たしかに、誰かが背中を押したほうがいいのかもしれません」
誰かが考えながら呟いた。他の者も、
「ええ。彼女、放っておいたら自分から諦めてしまいかねませんわ。せっかくの良いお話を」
と同意の頷きを見せる。
最後にフェリスが小さなため息をつき、顔を上げ、
「そういえば……。還俗すると仰って出て行かれた方はたくさんいらっしゃるけど、結婚が決まっていて、というのはシスター・グレタ以来ですものね。彼女は遠い田舎に嫁いでしまったから、結婚式に参列できなかったけれど、シスター・フィアが王都で式を挙げるならぜひ参列したいわ。うまくいくように、できることは応援して差し上げたい」
と言うと、それで“決まり”というような雰囲気になった。
エミリアは半円形になって目の前に並んでいる一同を見回し、
「それじゃ、詳しいことはまた後で。ミサが終わったら、この場所に集まってくださいな。できるだけすぐ」
と言った。
「あら、ミサへ行くの?」
誰かが不思議そうに言うと、隣の者がもちろん、というように頷く。
「せっかく来たのに、ありがたいミサにあずからないなんてもったいない」
「そうよそうよ。ついでに修道院が閉鎖されないように、お祈りしましょうよ」
「そうねぇ。……それなら、みんなで祈りましょうか。『すべてがうまくいきますように』と」
「ええ、そうしましょう!」
口々に言い合って、だいぶ人が少なくなってきた広場を横切るべく歩き出す。
暗く翳った教会の中から、ざわめきの大きな波が、深い響きをもって聞こえてくる。
ミサが始まるまで、あと少しだ。
大教会で行われるミサは、実はフィアにとっては鬼門であった。いつも事件が、それもとんでもない大事件が起こるのだ。そうしてフィアの人生は変わってきた。捻じ曲げられるようにして、否応無く。
そしてそれはこの日も例外ではない。
聖ドロテアの修道女たちは、この後、大教会で“何度目かの”奇跡を起こすのである。
その奇跡がフィアの人生を、あんなにも違う色で塗りつぶしてしまうことになるとは──
“善良な”修道女たちの誰ひとりとして、予測してはいなかった。