久しぶりに教会に来たヴィクターは、最前列の椅子に座り、目の前の大司教のありがたい説教を、半分夢見心地で聞いていた。
『国王が居眠りしている』などと知れると少々外聞が悪いので、腕を組んでうつむかせた頭はなるべく動かさないように気をつけてはいたが、大司教の説教は抑揚が少なく、それでいていい具合に枯れた声が実に耳に心地よく、うっかり気を抜けばそのまま熟睡してしまいそうになる。ちょうど、昨晩は遅くまで軍議が続いて、今朝も早くから執務室に入ったので、どんなに強靭な精神力で耐えようとしても、子守唄よりも始末の悪い大司教の声のせいで意識は途切れ途切れだった。
隣にしゃんと背筋を伸ばして座っている近衛騎士団長のウルリクは、自分の息子ほどの年の──彼に息子はいないが──国王がそうして居眠りするかしないかのギリギリのところであるのがよく分かっていたので、横目でちらちらとうかがって、どうもおかしい、と思われるときにはさりげなく肘でこづいたりしていた。
その隣には年配の騎士で、騎士団のご意見番でもあるカルマインが軽く顎ひげを撫でながら座っており、やはり心配そうに自分の孫ほどの年の──こちらには孫はいる──国王をチラチラ見ていたが、最前列に座っている国王一行に『落ち着きがない』と言われるのも問題なので、できるだけ姿勢は変えないようにしていた。
──何しろこの列の後ろには、何百人という王都の人間が座っているのだ。
一方、その反対側には、財務長官のルツィエが珍しく同席して座っていた。現在、ウルヴァキア王国の王室は巨額の借金を抱えているのだが、その返済のめどがいっこうにたたないことで、若干ノイローゼ気味になっている彼は、ついに神にすがってみたくなったのだった。
先代の国王が『百年は持つ』と言われた国庫の中身を空にしていたために、ありとあらゆる支払いがこの一年、滞っていた。兵士への給金もそのひとつだ。財務長官の立場としては、もはや増税しかないのでは──と思ったものの、ヴィクターは『国民には税をかけず、教会に税をかける』といって、その提案を蹴った。そんなことは不可能だろうと思ったが、ヴィクターは実際にヴァレンヌで法皇の“内諾”を得てきたらしい。そこから枢機卿たちの審議にかけなければならないとしても、法皇が内諾しているか、していないかというのは大きな違いであるはずだ。
それにしても、ヴァレンヌ法皇国という、一国の統治者でもある法皇が、明らかに自分たちの不利となるその提案を承諾するとは思えないのだが、いったいどういう手を使ったのだろう。もしや、相手は最高位の聖職者だというのに、女であることをいいことに“たらしこんだ”のでは……などとは、たとえ思っても、口には出さない賢明なルツィエだった。まして教会のミサの最中であれば、考えるだけでバチが当たりそうである。
なんにしても、それが実現すれば一気に国庫は潤うのだが、まだその段階まで行けていない。つまづいたのは、半年ほど前の暴徒騒ぎの折に王都の一部が炎上したことだった。その復旧費用をすぐに用意しなければならなかったので、ヴィクターは結局、教会に税をかけるという“最後の手段”を使うのを延期することにし、それをダシに法皇府から巨額の借金をしたのである。
それを返済しなければ、教会への課税の道が開けない。このところそれがルツィエの悩みの種だった。そんな彼は、修道女となっている自分の姪っ子、カレンが、ヴィクターと関わりのあるフィアと同じ修道院で仲良く畑を作っている──などとは夢にも思わず、やはりウルリクと同じように、今は国王が居眠りをして、みっともないほどガクンと首が落ちないかどうかを気にしていた。
国王一行は、ウルリク、カルマイン、ルツィエといった馴染みの面々だけではなく、最前列の椅子には他にもずらり、役人や騎士が並んでいた。役人は内務長官、法務長官といった重臣クラスの人間とその家族から、一宮廷書記官まで。騎士は騎士団長以下、ベテランから若手まで多彩な顔ぶれである。その中にはヴィクターが直接知らない、話したことのない騎士もいたが、人のよいカルマインなどに声を掛けられ、「これぞ国王陛下に顔を覚えていただく絶交の機会!」とばかりに、意気揚々今日のミサに参加したのだった。──が。
「ヴィクター陛下……起きてらっしゃいますか?」
「起きてる」
「次に寝息を立てたら、どつきますよ。あばらを折るくらいに」
「………」
「……陛下?」
「………」
「……陛下! ミサで居眠りなど言語道断。許しませんぞ! 起きなさい!」
「………」
「まあ、ウルリク卿。そのくらいに。陛下も深夜までの軍議でお疲れなのでしょう。できれば、もう少し早く切り上げられてですな……」
「お言葉だが、軍議が遅くなったのは、午前中の長官会議が長引いたせいだ。あれが昼すぎまでかからなければ、もっと早く切り上げられたのだが? 時間くらいは最低限守っていただきたいものだ」
「いや、時間を守らないのはいつも儀典長官殿で、他は誰も……」
「……ウルリク。ルツィエ。ちょっと黙ってろ、両脇からうるさい。説教が聞こえん」
「………(くっ……聞く気はないくせに!)」
「………(あくまで寝るおつもりだな……)」
そのすぐ後ろの列には、毎週ミサに参列している敬虔な貴族たちが粛々と並んでいる。
離れたところに視線を転じれば、ぎっしりと人で埋まった長椅子の列のはじに、スティーナとセラエが並んで座っていた。スティーナはフィアが城から去って以来、城に上がる用事もなくなってしまい、このところ兄の家で家事に専念している。
兄のイグナーツは、没落した家とはいってもヴィクターの従兄である。真面目な働きぶりも認められ、騎士団での位はひとつ上がり、今では小隊長を任されるようになった。そのため、家にもしょっちゅう騎士たちが客人としてやってくる。そのもてなしの晩餐などの準備に追われる日々だった。
そんなイグナーツがヴァレンヌから連れ帰ってきた黒髪のセラエは、けだるそうにしながらも、優雅な姿勢で椅子に座っていた。髪を束ねてポニーテールのようにしているのが、以前よりも彼女を若々しく見せている。セラエはクラウザール家の居候であり、スティーナからすると『招かれざる客人』ではあったが、なんだかんだと言いながら、最近はうまくやっていた。
「セラエさん。帰りに、市場に寄っていきません? お野菜を買いたくて」
「あら、いいわよ。でも、たまには服か靴を見たいわね……。ぼろを着るのも少し飽きたわ」
「ぼろ……? わたしが繕って差し上げたところ、まだ気に入っておられませんの?」
「そうではなくて、全体的に古くなっているから繕う必要が出てくるのよ。ね、そうじゃないこと?」
「ふ、古着しかなくて申し訳ありませんわね……。兄の給料もそう多くはないものですから」
「いいのよ。彼のお給料がいくらだろうと、わたしは気にしないわ。居候ですもの」
「いえ、少しは気にしていただけたら嬉しいのですけれど……。先月もあなたの化粧代で……」
「そう言うけれど、スティーナ? あなたも少しくらいはおめかししたほうがいいわよ。元は悪くないのに、あなたって、自分のことに構わなさすぎるわ。やっぱり化粧品のひとつやふたつは必要よ。いい店を見つけたから、あとで一緒に行きましょうよ。舶来の品ばかり置いてある、本当に素敵なお店なのよ。看板にも『王室御用達』と書いてあったわ」
「王室には、今あそこで堂々と居眠りしておられる“独り身の”国王陛下しかおられませんのに、誰がいったいそんな化粧品を買うんですの? 先代の王妃さまも早々に亡くなっておられますし、その看板、偽りですわ……」
「まあ、いやだわ。若いのに疑い深いのねぇ。もっと素直におなりなさいよ」
「素直……? そうはいっても、疑い深いのが生まれつきの性格ですから……」
「とにかく、わたしに任せてごらんなさい。あなたをとびっきりかわいくしてあげるから」
「『とびっきり』?」
「そうよ。道行く人が振り向くくらい」
「……あ、あの、そんなに……なります? あなたみたいな美人に生まれついたわけでもありませんのに」
「そんなことないわ、とってもキュートよ! あと必要なのは、舶来のお高い化粧品だけよ」
「まあ……ふふっ。そんなことを言ってセラエさん、自分の欲しいものを買うんじゃありませんの? わたしなんてお財布代わりで」
「えっ……?」
「……今、露骨に目を逸らしましたね?」
「そんなことないわ。気のせいよ……」
「あ、あなたを信じたわたしが間違いでしたわ。今日は野菜だけ買って帰りますッ!」
「まあ……。けちんぼね……」
「お黙りなさいッ!! 居候の分際で!!」
「ちょっと、前の人、お、お静かに……」
また別の一角には、メルヴィンとその息子、そしてイグナーツが座っていた。
イグナーツは今日は早朝から城に上がり、ミサに来る予定ではなかったのだが、メルヴィンと息子が教会に行くというのにばったり出会って、その息子に熱心に誘われたので、スティーナやセラエとは別にこうしてミサに参列することになった。
大教会を見回せば、どこもかしこも人の頭で埋まっており、よく見れば他にも大勢知り合いがいるのだろうと思われたが──。メルヴィンの息子というのが、これがまた親には似ずしっかり者で、将来騎士になりたいらしく、イグナーツに「従者にしてほしい」と熱心に頼み込むので、知り合いを探すどころではなかった。
「えー、なぜわたしなのかな……? 他にも、立派な騎士がたくさん……」
「わたしは父のような、いい加減な騎士にはなりたくないのです。誠実で、堅実で、確実な人の従者になって、いずれきちんとした手順を踏んで騎士になりたいのです。あなたさまは今はあまり出世しておられませんが、国王陛下のお従兄、とうかがっております。いずれ騎士団でも重鎮になられることは折り紙つき。……どうか、わたしを従者にしていただけますまいか」
「『まいか』……」
「はっはっは。イグナーツ卿、ここはひとつ、愚息のためにひと肌脱いでくださらんか? まだほんの子供とはいえ、なかなか役に立つやつですぞ。けして、足手まといにはなりますまい」
「あ、いや。わたしも、小隊長に任ぜられたばかりでして。自分のことで手一杯と申しますか……。いや困ったな……ああっ、そうだ! 従者というなら、メルヴィン卿、あなたが直々に教えてさしあげればよいのでは? ご子息を従者にするというのも、まったくないことではありませんし」
「そう思って『騎士の心得』をとくとくと教えてやったのに、まったく聞こうとせんのですよ」
「ほ、ほお。『騎士の心得』とは、なんでしょう。わたしにもご教授願いたいものです」
「そうですか? では特別にあなたにも教えて差し上げましょう。他言無用ですぞ?」
「他言無用……。よほど、大切な教えとみえますね。良いでしょう、口は堅いほうです」
「『その一、女性が歩くときは必ず手を貸す。その二、女性の顔をじろじろ見てはならない。その三、女性の秘密は他言してはならない。その四、脈がないとみたら速やかにひくべし。その五、女性をかけて私闘するときは負けてはならない。その六、女性……」
「あ、メルヴィン卿。そのへんで結構ですよ……。なんとなく理解できましたから……。はは」
「なんと! 四十八か条もあるというのに、もう先が理解できたと? 素晴らしい!」
「さすが、立派な騎士の方は違いますね! ……父上。決めました。ぼくはやはり、この方の従者になります。反対しても無駄ですよ! 今日からこの方の家に住み込みとなって、礼儀作法を習い、騎士になるためのカコクな修行を重ねる覚悟です!」
「うむ、住み込みとは立派な覚悟だ! おまえが立派な騎士となる日を父は待っているぞ!」
「いやぁ、あのですね。無理ですよ、うちは狭いですから……ってメルヴィン卿、美人のほうを見ていないで真面目に聞いてくださいよ! ご子息の人生の重大な岐路じゃありませんか!」
──そんな、芋づる式に知り合いがひしめく大教会のミサは何ごともなく進んでゆく。
何百人という人間が、同じように頭を垂れ、神に祈りを捧げている。自分のために祈る者、他人のために祈る者、この世界のために祈る者。祈りはさまざまだったが、その横顔はみな一様だった。
そしてこの日のミサは、美しい聖歌を最後に、無事に終了した。
修道院にノイエが来た、という異常な事態におおいに戸惑ったフィアだったが、カレンと一緒に畑作りを始めると、次第にそれに熱中してしまい、しばし、あらゆる疑問や悩みを忘れた。
「あっ、違います! 上は平らにして……。山ではなくて」
「あら、そうなの? ……ああ、本当だわ。ここに種を撒くんですものね!」
「そう、そうです。でも、それは最後でも大丈夫ですから、ここに畝《うね》をもうひとつ作りませんか? シスター・カレン。そうしたら、ここに四本できますよ。こっちは日当たりがいいから、きっと野菜がよく育つと思うんです」
フィアは、あちらこちら土を触ったせいでカピカピしている指先で農具を握り締め、夢中でカレンに言った。カレンのほうも、やはり土だらけの手で鍬を持ち、修道服の裾を上げて急いでフィアのほうに近づいてくる。
「そうね。あなたの言うとおりだわ。日当たりのいいところにはたくさん作りたいわね」
「種まきには、ちょっと季節が遅いから、心配ですけど……。でも、ならない、ってことはないと思います。あとは種をどこから貰ってくるかですね! どこか、心当たりはありますか?」
「ええ、そうなのよ。市場で買うことを考えたのだけど、売っていないようなの。近所から譲っていただけたら、とも思ってみたりしたのよ。でも、普段そんなにお付き合いがないのに、突然『種をください』というのも図々しい話でしょう。気が引けて……。どうしたらいいのかしら?」
「それなら、前にいた修道院のシスターに聞いてみましょうか? 畑のことならなんでも知ってる人がいるんです。種も、少しくらいなら分けてくれるかも。……もし駄目でも、ふもとの村へ行けば、何かと交換してもらえると思うんです。わたし、副院長が許可してくださったら、ちょっと行って聞いてきます。久しぶりにみんなの顔も見たいし……」
「まあ、すごいわ、シスター・フィア! あなたって頼りになるのね」
カレンに感動したように言われて、フィアは土だらけの爪で照れくさそうに頬をかいた。
「えへへ。そんな、褒めていただくほどのことはしてないんですけど……」
「そんなことないわ。あなたがいなかったら、こんなにスムーズに進まなかった。わたしひとりだったら、畝一本作るのだって、日が暮れるまでかかっていたと思うわよ。さっきだって、小さい虫が出てきただけで大騒ぎしてしまって、恥ずかしいわ」
「……楽しそうですね」
農具を持って立ち話をしていたカレンとフィアの背に、先ほどと同じ、柔らかい声が掛けられた。振り向くと、やはりそこには、ノイエとしか思えない人物が立って微笑んでいる。
なんと答えたものかとフィアが内心慌てていると、カレンのほうが物怖じせず、
「ええ、とっても。畑作りなんて、初めてですもの」
と朗らかに答えた。さすがに普段から、炊き出しで大勢の人と接しているだけはある。
「宜しかったら、わたしにも手伝わせていただけませんか?」
ノイエは奇妙なことを言い出し、羽織っていたマントを脱いだ。そして、それを後ろに控えて立っている、口を開かなければ近くに生えている木とあまり変わらない感じのする年上の男に手渡した。
どういう成り行きなのだろう、とフィアが面食らっていると、ノイエはそのフィアに向かって片手を伸ばし、「道具を貸していただけますか」と言う。
「あ、は、はい……」
言われるがままに農具を手渡した。
最初に会ったときからそうだが、ノイエに言われると、何も考えずにそうしてしまう。
ノイエはそれを受け取ると、袖をまくりあげ、ざくり──と音を立てて平らな地面を掘り起こし始めた。フィアは慌てて何か言おうと口を開きかけたが、それがちょうど、新しく畝を作ろうとしていた場所だったので言うのをやめる。
そうしてノイエは、瞬く間に畝を一本作ってしまった。あまりの慣れた仕事ぶりに、フィアはどうしてこんなに上手くできるのだろうと、ただ目を丸くして見守るばかりだ。
「まあ……。お上手。あっというまにできてしまったわ」
カレンも感心したらしい。心から言ってため息をつく。
「男の方って、こういうときには本当に羨ましいわ」
「わたしにも、少々修道院で生活した経験がありまして……。そのときは毎日のように畑仕事をしていましたよ」
「本当ですの? そんなふうには見えませんでした。失礼ですけれど……お名前は?」
カレンがさりげなく、けれどフィアが訊きたかったことをずばり訊ねた。
「ノイエ=ラディウスと申します」
予想通りの答えが、ノイエの口からもたらされた。
「ラディウス家……。まあ! 公爵家の方でしたのね」
カレンが驚いたように声を上げてノイエを見つめる。
「そうとは知らず、こんな仕事を手伝わせてしまって。申し訳ありませんわ」
「いえ、お気になさらず。わたしが自分から手伝わせてほしいと言ったのですから」
「でも、そのお召しものが土で汚れたりしたら大変です。あとはわたしがやりますわ!」
慌ててカレンが前に進み出て、ノイエの手から農具を取り返そうとした。
だがノイエは、農具を手放そうとはしなかった。カレンは農具に手をかけることまではしたが、彼が手放さないので、どういうことだろうとばかりにその顔を見上げた。ノイエもその顔をじっと見つめ返したので、ふたりは至近距離でじっと見つめあうことになってしまった。
(な、なんだろう。これ……)
フィアはなぜか自分のほうがどぎまぎしつつ、はらはらと横から見守った。
なんだか恋が芽生えてしまいそうなくらいに、ふたりが熱心に見詰めあっているので。
「この修道院は閉鎖されると、さきほど副院長からお話をうかがいましたが……」
先に口を開いたのはノイエだった。
「それなのにあなたがたは、ここに畑を作っていらっしゃる。閉鎖となれば、敷地の中へは立ち入れなくなるのでは? ここは教会の所有地ではなく、エトヴィシュ公爵家の私有地と聞いていますが」
「え、ええ……」
カレンはひるみながらも頷いた。
「そうですわ。でも、公爵家には、閉鎖にしないでいただけないかと、手紙を出すつもりでおります。わたしはこの修道院の閉鎖を望んでおりませんの」
「聖イローナへ移籍の話が決まっているのに、この修道院から絶対に出ないと言っている頑固な修道女がいる、とさきほど副院長からお聞きしました。同席されていた修練長の方もため息をついておいででしたが、あなたがたのことでしたか」
そうしてノイエは、カレンとフィアの顔を交互に見つめた。
フィアと目があったとき、彼が少し、柔らかく微笑んだように見えた。
「いえ、それはわたしのことですわ。ここにいるシスター・フィアは、もうすぐ還俗なさって、結婚されるご予定ですもの。でも彼女は親切ですから、こうしてわたしのわがままに付き合ってくださっているのです」
還俗、結婚──などということをカレンがノイエに喋っているので、フィアは赤くなったり青くなったりした。別にノイエに隠すつもりはないのだが、なんだか、無関係のところから話が漏れているというのがやけに気になる。しかもそれが目の前で起こっているのだから、微妙にわけがわからない。
(あわわ……シスター・カレンったら! それは後で説明しようと思ったのに……)
「結婚……それは、おめでたい話ですね。しかし修道女が還俗するには、大司教さまの許可が必要でしょう? なかなか簡単な手続きではないと聞いていますが……」
「そうなんですわ。それでシスター・フィアは、この修道院から出られなくてお困りなんです。彼女は見習いシスターなのだから、お金などなくとも還俗させていただければいいのに……と思うのですけれど」
なるほど、とノイエは頷いた。そしてじっとフィアを見つめる。
「お金でなんとかなることなら、不躾ながら、このわたしに用立てさせていただけませんか?」
フィアはぎょっとしたが、隣のカレンもそれは同じだった。ひどく慌てる。
「ま、まあ……そんな! わたし、そんなつもりで申し上げたのでは……」
「いえ、これも何かの縁です。それにこの修道院には、少々“借り”がありまして……」
ノイエはそのときだけ若干、言いにくそうに言葉を濁した。そしてゴホンと咳払いする。
「まあともかく、修道院への寄進と思えば安いものです。実は今日も、こちらの修道院に寄付をさせていただけないかと思って立ち寄らせていただいたのですよ。その……身内が、こちらにご厄介になっていたことがあるもので」
「えっ。それは、なんというお名前のシスターですの? 存じ上げませんでした」
「いや、出来の悪い身内ですから、名を明かすのは差し控えましょう。本人も望まないでしょうからね。しかしわたしとしては、そうして身内がお世話になった修道院でもありますので、これくらいのことはいくらでもさせていただきます」
唖然となっているフィアを尻目に、ノイエは次にカレンに向き直った。
「それで……修道院閉鎖の件ですが」
「え、ええ……」
カレンは何か重大なことを言われるような予感を持った。自然、その顔つきがこわばる。
それを見て、ノイエはふっと微笑んだ。大丈夫だ、と人を安心させるように。
「こんな申し出をすることを、無礼だ、と咎めずにお聞きくださったら嬉しいのですが……。もしよろしければ、ここを出た足でエトヴィシュ公爵家にうかがって、閉鎖を考え直していただけないかと、わたしがかけあって参りましょう」
えっ、とカレンが息を呑む。ノイエはそのまま言葉を続けた。
「かの家が資金面でお困りになっておられる……とは到底考えられませんが、なんらかの事情でこの修道院の運営を断念することになったのなら、この修道院の建物と敷地、そして運営の全ての権利を」
そこまで言って、ノイエは一度言葉を切る。それから彼は、ゆっくりと続きを言った。
「わたしが──ラディウス公爵家が買取りたいのです。『これも、何かの縁ですからね』」