真っ暗な空にぽかんと月が浮かんでいる。
街は静かになっていた。表通りはまだ開いている店で明るかったが、裏通りに入ったとたん、静寂と夜の闇に包まれた。人通りもほとんどない。見上げれば、家々の窓には小さな明かりが灯っている。ルーデックは前後不覚に酔っ払って意識を失いかけている娘を腕を回して抱え、引きずるようにして歩きながら、いい月だなあ──などと呑気なことを考えていた。
「る、るーデックさん……ヒック。さ、寒いわ!」
フィアは本当に寒そうに言ってルーデックにしがみついた。
「暖炉に火を入れ……入れて、く、くれない?」
「まだ家に着いてねえし、暖炉に火をいれる季節じゃねえよ」
ルーデックは口調こそ乱暴に言ったが、そんなに嫌な気分ではなかった。むしろ上機嫌の気分だった。彼も浴びるほど酒を飲んで酔っ払っていたのだ。フィアのように我を失うほどではないが、他に誰もいない夜道で鼻歌を歌いたくなるくらいにはいい気分だった。
「しょうがねえな……おぶってやるから、捕まれ。ほら!」
ルーデックがフィアから手を離し、その前に身をかがめる。
「ご、ごめんなさい」
フィアはふらふらの足で彼の背中に倒れこんだ。
「そ……ヒック! 空を……飛んでるみたいな、気持ちよ……。あ、足がぐにゃぐにゃ……」
フィアはルーデックの首に両手を回し、しがみついて言った。ルーデックは立ち上がりながら顔をしかめた。
「吐くまで飲むからだ。だから途中でやめろって言ったんだよ。別に一瓶開けることなかったろ、頼んだからって。飲めなかったら残しときゃいいんだ」
「だって、も、もったいなかったから」
「たいした金じゃねえよ。あんな安酒」
「ここで寝て、しまいそう」
フィアは意識が途切れそうな声で言った。
なんと答えようかルーデックが考えているあいだに、耳元にすーすーと寝息がしてくる。あっというまに眠ってしまったらしい。ルーデックは(こいつ、まるっきり子供だな……)と呆れ、それから苦いため息をついた。今日、借りたばかりの家までもうすぐだというのに。
それから黙々と歩き、家に着いた。
一度見上げてから扉を開ける。
まだ生活感のない、慣れないにおいの家が二人を出迎えた。
ルーデックは暗い階段を、苦労してフィアを背負って上がった。扉を開けたころにはさすがに息が上がっていた。階段を上るだけならまだしも、狭いので身を屈めながら進まねばならなかったのがきつかったのだ。
薄暗がりの中、ベッドがある場所を足で突き止め、そこにフィアを下ろす。それから、どっと疲れを感じた体を窓辺に寄せ、窓をおおっている布を手でよけた。部屋に月光が差し込み、さっきよりも明るくなる。振り返ってみれば、フィアはこちらに背を向け、足を曲げた格好で寝入っている。自分が下ろしたときのままの格好だ。
ルーデックはそのまま窓辺に腰掛けた。顔を部屋の中に向けて。
ここまでは予想以上にうまくいった。家が空いていたし、生活の物も揃っている。
あとは仕事を見つけるだけだ。
フィアには、生活が落ち着いたら南の港町を見せてやると約束したが、そうなるまであと何日あるだろうかとルーデックは考えた。案外、フィアはすぐに仕事を見つけてしまうような気がしないでもない。街に馴染むのにも時間はかからないだろう。この街には排他的な雰囲気がまるで感じられない。あけすけで、親切で、礼儀正しい。きっと肌に合うだろう。それは喜ばしいことだが、そうなると自分は王都に戻らなくてはならなくなる。
それが嫌なわけではなかった。
というよりも、最初この仕事をレヴィンから言いつけられたときには腹立ちさえ感じたものだった。なぜ自分がそんな使いっぱしりをさせられるのかと。しかし振り返ってみれば、フィアとの旅は刺激的で楽しかった。何か天罰かというくらいに災難に巻き込まれたが、それも、過ぎてみれば耐えられないほどのことではなかった。残念なのは金を取り戻せなかったことだけだ。騎士の名誉にかけて、あの金は取り返したかった……。
ルーデックは窓辺を離れてフィアのほうへ行った。
少し酒臭くなっている上着を脱いで、床に放る。フィアも同じように酒臭いのは、背負ったから分かっている。近くで感じたそのにおいは、女のにおいというより、外で遊んで帰ってきた子供のようなにおいだった。ルーデックには年の離れた妹がいるので、それは確実に分かるのだ。そのうえに酒臭いのだから、救いがたいほど色気がない。なぜこの女には女らしさがないんだ? と、ルーデックは寝ているフィアを見下ろしていささか奇妙に思った。考えてみれば、旅の間そういうことを考えてどぎまぎしなかったのが不思議といえば不思議だった。相手は十七で、子供がいてもおかしくない年の立派な女なのに。
ルーデックは、フィアが三つ編みにしている髪を手にとって掬い上げた。手前に引っ張れるほどには長くなかったので、自分のほうから身を屈めてそれを口元に押し当ててみた。どんな匂いなのかと思ったのだ。しかし、特別心が浮き立つようなにおいはしなかった。香水も何も身につけていないのだから、それもしょうがない。
さらに顔を近づけた。こうして目を閉じていると、意外に睫が長いということを発見する。肌は白く透き通っていて、頬は酒のせいかもしれないがうっすらと桃色に染まっていた。聖ドロテア女子修道院はお嬢様修道院と聞いているから、育ちは悪くないのかもしれないなと思ったが、それにしても親類のハンナはひどい女だとルーデックは眉をひそめた。
自分なら口もきかないような女に対し、フィアはずっと従順だった。ハンナはフィアには横柄で、威張った態度を取っていた。まるで召使のように命令するときもあった。フィアはそれにいつも嬉しそうに応えていた。悪い女主人のような親類でも、いないよりはずっといいとでも言わんばかりだった。
ルーデックはフィアの顔を見下ろした。
しかし──楽しいことは楽しかったが、実りのない旅でもあった。なんの手柄も立てず、ただ言われた役目を果たして帰るだけの仕事だ。それも完遂は出来なかった。金を無くしたのだから。
そのことは執務補佐官のレヴィン=アーミスに報告すべきだろうか?
言わなければ分からないだろうとルーデックは考えた。フィアも、別に言わなくていいと言うのではないだろうか。そうすればレヴィンは自分に褒賞をくれるだろう。金貨を三枚──いや、十枚は貰ってもいい働きぶりだったと思う。騎士という身分にあまりこだわりはないが、貰えるものは貰わなければ損だ。
この娘にキスをすることも、褒美のようなものではないかとふいにルーデックは思いついた。
ならば、貰えるものは貰ってしまえ。何年かして、フィアにはもう会えず、彼女のことを忘れたとしても、小さな仕事でこういう褒美をせしめたことはいい思い出として残るはずだ。誰かに自慢することもできる。そのときには「送り届けた女は美人だった」と言っておこう。そのほうが箔がつくから。
ルーデックはもっと身を屈めて、フィアの頬に唇をつけた。彼自身、あまり──というか一度もこういう経験がなかったので、いきなり唇を重ねるのは躊躇したのだ。そのせいで若干緊張しすぎ、ベッドに突っぱねた手が震えてしまった。結局それが加減の失敗となり、思ったよりも深い口付けになってしまった。慌てて、袖でフィアの頬を拭う。
どうせならこういう失敗は、次の本番のときに起こってくれればいいのに。うまくいかない。
ルーデックは気を取り直し、フィアの顎に指をやった。次は大丈夫だろうと思いながら。
しかし、そのときに意外なことが起こった。フィアが目を開けたのだ。
ルーデックはぎょっとし、そのまま固まってしまった。
急に心臓がばくばくと早鐘を打ちだす。焦って身を引いたが、完全にその場を離れることはできなかった。目を覚ましたフィアは、自分の手でルーデックの腕の袖をしっかりと掴んでいた。そしてゆっくりと起き上がった。時間を掛けて、ベッドの上に座った。
膝は崩していたが、背中はまっすぐだった。フィアはまだルーデックの袖を掴んだままだったので、ルーデックは押されるような形で自分もベッドに座りながらも、息を呑んで何も言わなかった。不埒なことをしようとしたのが明るみになり、フィアは自分の頬を打つか、怒り出すかするだろうと思っていた。
「あ、あのよ……」
ルーデックは乾いた声で言った。口の中も喉もカラカラだった。
「む……虫がいたんだよ、おまえのほっぺたに! それを取ってやろうと思って……」
「まだ、いる?」
フィアは自分の頬に片手をやった。ルーデックは唾を飲みこんだ。
「い、いや。いないみたいだ。飛んでったんじゃねえかな……」
「そう……」
フィアはけだるく呟いて、目を伏せた。人の気配に気づいて起きたものの、まだ酒が意識を支配していた。少しでも油断すれば気を失ってしまいそうなほどに眠い。その証拠にもう瞼が下がってきた。
「ありがと……。ルーデックさんも、もう寝たら? そっちのベッドで」
「お、おう。暗いからベッドを間違えたのかも……はは!」
ルーデックはぎこちなく頷いた。袖を掴んでいたフィアの手はいつのまにか離れていた。
急いで自分のベッドに行き、横になる。毛布をひっかぶり、フィアに背を向けた。
「お、おやすみ!」
「おやすみなさい……」
ルーデックの心臓はまだ妙な具合に早まっていた。それが慌てたせいなのか、それとも、別の理由でなのかは彼にはわからずじまいだった。自分がなぜこんなことをしようと思いついたのかも。
「──表の張り紙を見たって?」
暖かい午後。
裏通りの酒場だった。恰幅のよい中年の男が出てきて、値踏みするようにフィアを見る。
男は禿げ上がった頭に、堂々とした鼻、そして人のよさそうな丸い顎、でっぷりと突き出た腹という容姿だった。その腹にはエプロンを巻きつけている。かなり汚れてくたびれていたが、しないよりはマシというものだろう。
「はい」
フィアは頷いた。フィアのほうも男──酒場の店主を値踏みしていた。疑い深い目をしてはいるが、根っから悪い人ではないという気がした。乱暴な感じもしない。手は荒れていて、よく働いているふうだ。この人のところでなら働けるのではないかと感じた。
「そうかい。でも、募集してるのは表に出す娘じゃない。皿洗いなんだがね」
「それで構いません。そのほうが向いてると思いますし」
フィアは謙虚に言った。それはたぶん事実だった。
「だが、忙しいときは表に出てもらうこともある。そのときでも給金は変わらないが、それでもいいかね」
「ええ、大丈夫です」
「ウルヴァキア人……だな。年はいくつだ」
店主がじろじろとフィアの顔を見る。
「十七です」
フィアは素直に答えた。
「十七? そうは見えないが」
店主が少し疑うような顔をする。年をごまかして働こうとしているのではないか、というように。
「秋になったら十八になります」
フィアは自分の体を見下ろしながら言った。たしかに、疑いを持たれてもしょうがないくらい体は貧弱だと思う。胸も、残念なことに他人ほど豊かではない。おそらく聖アルメリアで過ごした少女時代のせいだろうとフィアは思った。伸び盛りの時期にしなびた野菜やかびたパンしか食べていなかったから、王都の娘たちほど豊かで魅力的な体つきにはなれなかったのだ。それでも、聖ドロテアに行ってから身長は少し伸びたのだが。あそこの食事は本当に立派だった。
出来れば胸に肉がついてほしかったんだけど、と人並みのことを考えていたフィアに、店主が突然訊いた。
「それで、あんた結婚は?」
「えっ」
意外な質問だったので、フィアはびっくりした。
自分が働くのに、それは必要な質問なのだろうか?
「あ、あの……」
口ごもってしまったのは、ルーデックのことを考えたからだ。彼が市庁舎から借りてくれた家は、今朝になって彼から聞いたところによれば、一定以上の身分だけでなく、妻帯者であることが条件だったらしい。となると、ここでもやはり結婚しているようなふりをしなくてはならないのだろうか? ──もうすぐ彼は王都に帰ってしまうのに?
「──結婚してる」
そのとき、横から声がした。
驚いて振り向くと、そこにはルーデックが立っていた。彼は戸口に腕を乗せ、正面からこちらを見ていた。
「旦那かい」
店主はルーデックをじろじろと見た。しかし、その視線はじきに和らいだ。
「ふむ、騎士か? 珍しい。この街じゃ、旅人以外の騎士はあまり見ないんだが」
「王都にも家はある。妻が……」
ルーデックはそう言ってから、急に居心地が悪そうに咳払いをした。ちらりとフィアを見る。
「妻が、ごみごみした王都より、自然のきれいな街で『子供を産みたい』というから連れてきた」
その説明にフィアは一瞬目をむきかけたが、店主がフィアを見ようとしたので慌てて前を向いた。
「それじゃ、あんた妊娠してるのか?」
怪訝そうになった店主に、フィアはなんと説明しようかと焦った。ルーデックが変なことを言うから、わけのわからないことになってしまったではないか!
「い、いえ……。そんなことは! それに、こっ、子供を産むつもりはありません。あと何年かは!」
「仲が悪いのか?」
店主のほうも、すっかり面食らったようになってしまっている。
フィアはもじもじとなり、助けを求めるようにルーデックを見た。彼は彼で、なんと言おうか考えてしかめっ面になってしまっている。顎にやった手は神経質そうに口元を叩いていた。答えに困るくらいなら変なことを言わないでほしいものだとフィアは思った。
「あー、その……そういうわけではない。まだ若いし、別に焦る必要もないかと思ってね」
「あんたはいくつなんだね? 騎士殿。失礼だが?」
「十九だ」
「そりゃ、確かに若い」
店主は納得したようだった。しかしルーデックはムッとした。子供に見られた気がしたのだろう。
「騎士さまだったら、何かのときには家を留守にするんだろうな? 王都に呼ばれるとか?」
店主はルーデックとフィアを交互に見た。
「そういうことになるな、当然ながら」
ルーデックが威厳を出して頷いた。
「それが何か問題か? 店主」
「いや……。夫がいないあいだ、妻を外で働かせるというのがいいのかどうかと思ってね。家も管理しなくちゃならんだろうし。まあ、うちは皿洗いのあいだだけ手伝ってもらえればいいから、来てもらうのは夕方から夜だけで構わないんだが。それにしても若い女が家に一人というのは心配だ。あんたが街を離れてるあいだに何かあっても、わしは責任は取れんよ。店の外でのことは」
店主がルーデックに向かって丁寧に説明する。
ルーデックはそれを聞いて、「それは気にしないでいい」と手を振った。
「この街は治安がいいと聞いてるし、家はすぐそこだ。帰るのがあまり遅くならないのなら、大丈夫だ」
「ああ、そうか。そこの家に越してきたのはあんたたちだな」
店主は窓の外の景色に視線を投げた。通りを挟んで何軒か先にあるのがフィアの借りた家だ。
「まあいい。人手は欲しいし、あんたたちは信用できそうだ。怪しげな人間に店に入られるのが一番困るんでね。うちは客筋はいいほうなんだ……騎士の妻というんなら、手伝ってもらえるのは有難いよ。それにしても、家を二軒持つくらいなら金に困っているわけじゃないんだろうに、なんでうちで働きたいのかよくわからんが……。あまり詮索はしないでおこう。もう十分話は聞いたしな」
店主は礼儀正しく言ったものの、その顔は理由を知りたくてうずうずしているように見えた。
「世間勉強だよ、店主。俺の妻はひどく世間知らずなんだ」
ルーデックがフィアを指差して言った。フィアはぎこちなく微笑んだ。
店主は丸い顎に手をやった。
「ふうむ。確かに、そんなふうに見えるな。しかし、まだ若いのだからしょうがない。見上げた心がけだよ」
「それで『どうしても働きたい』というから、仕方なくだ。俺は反対したんだよ、最初は。手も荒れるし」
「うーん。いいところのお嬢さんだって言われたら、こっちは困っちまうな! 仕事は皿洗いなんだから……」
「いや、気にせずに使ってやってくれ。本人が働きたいっていうんだから構わない」
「何かあったときにあんたが剣を振り回して怒鳴り込んでくるんじゃないかと、それが一番心配なんだがね。正直なところ」
そんなやり取りのあと、フィアは無事にこの店に雇ってもらえることになった。
店主から「明日の昼に来てくれ」と言われて店を後にする。
フィアはルーデックと連れ立って歩きながら、「あなたのおかげかも」と言った。
「ん? 何が?」
「雇ってもらえたこと」
「別に、そんなことはないだろ。人手が欲しかったんだよ」
「でも、変なこと言うから困っちゃった。妻とか、妊娠とか……」
フィアは本当に困ったような顔をしていた。それを見てルーデックは肩をすくめた。
「冗談だよ、冗談。向こうだって別に真に受けてたわけじゃないって」
「そうかしら。市庁舎で夫婦だなんて言ってしまったから、わたし、この街にいるあいだずっとあなたの妻のふりをしなきゃいけないのかと思って、今からちょっと考えてるとこなんだけど。友達が出来たら、どう説明したらいいかとか……」
「そんなもん、適当に言っとけよ」
「簡単に言うんだから……」
フィアは非難の目つきでルーデックを見た。
ルーデックはふと思いついて、フィアに向き直る。
「じゃ、ほんとに結婚すればいいんじゃねえか?」
「……え?」
フィアは目を丸くした。まじまじとルーデックを見る。
ルーデックは後ろ向きに歩いていた。フィアを正面から見るためだ。その横をカラコロと馬車が通り過ぎていく。
「そしたら解決するだろ? 人に嘘ついてるって悩む必要もねえし……。なあ? けっこういい考えだと思わないか?」
「……どこが?」
フィアは力なく言った。その顔には、ルーデックの話を真に受けている様子はまったくない。
「へっ……俺は別にいいぜ? おまえと結婚してやっても。どうせ他に貰い手いなさそうだしな、今となっちゃ……」
言いながら変にニヤニヤとする。
「あいにくだけど、もう誰とも結婚する気ないの。わたし、一人で十分幸せになれると思うわ」
フィアは心持ちつんとして言った。ルーデックは片方の眉を上げた。
「一人で幸せねえ……? 強がりだろ、ただの」
「強がったっていいじゃない。ルーデックさんには関係ないことよ」
「結婚してやってもいいっつってるだろ。なんで関係ないんだよ?」
「だって、それも適当に言ってるんでしょ。冗談で」
フィアは取り合わない。
ルーデックは急に足を止めた。フィアはそれにぶつかりそうになった。
彼は急に立ち止まったのと同じように、急に真顔になっていた。フィアは不安になり、「どうしたの?」と訊ねた。
「足が疲れたの? 急に止まったりして……びっくりした」
「なあ」
ルーデックは真剣な声で切り出した。
「ほんとに、俺、おまえと結婚してやってもいいぞ」
フィアはその顔を見上げた。何か言おうとしたが、ルーデックは冗談を言う顔ではなかった。
「しばらくおまえと一緒にいて、おまえとだったら、うまくやっていけるかなって思った。……おまえは?」
「えっ」
問われて、フィアはうろたえたような顔をした。その肩をルーデックは掴んだ。
「おまえはどうなんだよ。俺が嫌いなのか。俺とは結婚できないと思うのか?」
「き、嫌いじゃないけど……でも」
フィアはその先も言おうとした。だが、声にならなかった。
ただ、押し黙っていた。そのあいだずっと考えていた。ルーデックの言葉について。その可能性が自分にあるのかどうかを。