KNIGHT AND SISTER2《騎士と乙女2》

第十六章 あなたと二人 3

──ときは少し遡る。
荷台つきの馬車が、月明かりの注ぐ暗い夜道をひた走っている。
荷台には数人の男が乗り込んでいた。薄汚れた格好をし、たるんだ顎に無精ひげを伸ばした連中が、欠けた歯をむき出しにして笑っている。
彼らはひどく上機嫌だった。今日はすべての仕事が順調にいったのだから、そうなるのも当然だった。
「まったく、今年も大儲けでしたね、おかしら!」
「ああ。あの試合じゃあ、毎年ぼろい儲けができるな」
おかしらと呼ばれた男は、いかにも愉快というように大笑いをした。
肉がついた顔は大きく見え、たいそうな威厳があるような印象を人に与えるものの、肩はほっそりとして弱々しい。その目も灰色に濁って、あまり生気が感じられない。しかし長年盗賊稼業をやってきたので、その道の勘だけは鋭いのだった。
「あっしら盗賊にとっちゃ、天国みたいなところですよ。みんな試合に熱中してやがるんだから」
手下が笑いながら言う。
──彼らは、この近くに根城を持つ盗賊団の一味である。
普段はあちこちで盗みをやるが、この時期にはルーゲンの馬上槍試合に出没し、試合に夢中になっている人々の金品を盗み取るのを副業にしている。数千人の観客が熱狂するあの会場は、格好のスリの漁場なのだ。他の盗賊団も、警備の目を盗んで大きな利益を出したことだろう。この盗賊団も、例年と同じく、今年も十分な稼ぎがあった。
かすめ取った財布や宝飾品の数々は馬車の荷台に積んである。
そして一路、馬車は南のトリエス港へ向かっているのだ。


──ルーゲンの街に行った目的は馬上槍試合だけではない。もうひとつあった。
今、荷台の一番奥に、気を失って横たわっている娘をつかまえることがそれだ。
その上半身は縄で固くしばってある。顔には血の気がなく、唇のはじからは細い血が流れている。
この娘を知ったのは、リヴォー近くの宿に逗留していたときだった。
白髪まじりの頭をした老婆のような女が、『うまい話がある』と持ちかけてきたのだ。
その老婆はもう少し東に行ったところにある宿に泊まっているのだが、連れが大金を持ち歩いていると知り、なんとかしてそれを自分のものにしたいと思ったらしい。
しかし、その連れ──姪の娘には、護衛の男がついている。そいつに邪魔をされ、金を盗むチャンスが見つからない。いろいろ試してみたが駄目だった。それでついに、盗賊の手を借りようと考えたという。
『あんたたちならなんとかなるだろう? その道の玄人なんだから……』。
老婆はそう言って、どんよりした目で盗賊たちの顔色をうかがった。
『あたしには、ほんのちょっぴり分け前をくれればいいんだ。どうだい、やってくれないか』
むろん、うまい話と聞かされれば、乗らないわけがない。
娘の泊まっている宿を襲い、あっというまに金を奪った。そして逃げた。
老婆も、途中までは一緒にいた。
しかし、この女を連れていく必要はないのだった。もう用済みなのだ。
『面倒だから殺しちまいましょう』という手下の話に、他の者たちも異論なく同意した。
仲間でもないのに分け前をやる必要もない。むしろ、こうなっては邪魔だった。
いよいよそうしようとすると、女は必死で縛られた体をばたつかせ、海老反りになって叫んだ。
『あっ、あたしは、もっといい儲け話を知ってるよ! あと金貨百枚──いや、百五十枚は手に入るよ! お願いだから殺さないでおくれ。その金はみんなあんたたちにやるから!』。
死に物狂いで叫ぶ女の“儲け話”とは、こういうものだった。
『あっ、あの娘は、近々えらい金持ちと結婚することになってるんだ! 部屋が数えきれないほどあるような邸に住んでる男とね! あんたたちが盗んだ……そっ、その金は、その結婚相手がくれたものなんだ。言ってみりゃ、結婚の支度金だよ! でも、もしあの子を人質にすれば、もっと金が儲かるんだ。がっぽり身代金が取れる。本当だよ! あたしは嘘なんかつかない!』。
それを聞いて盗賊たちは顔を見合わせた。
──人質?
たしかに、あの娘は信じられないような大金を持っていた。
数えてみれば、盗んだ金貨は六百枚もあったのだ。それが結婚の支度金ということなら、相手の男は相当の金持ちに違いない。どこかの男爵、いや、伯爵ほどの貴族である可能性もある。
その娘をとらえれば、たしかに身代金を取れるかもしれない。
金貨の詰まった袋を前に盗賊たちは思案した。この素晴らしい黄金がもっと増えるのであれば、その話をみすみす逃すのは惜しいではないか。
しかし問題は、その娘をうまく捕まえられるかだ。
折しも、『金と一緒にあの娘も捕まえておけば、金貨十枚くらいで異国に売れたのに』と後悔し、手下の一人を行かせたばかりである。しかしこの悪天候だ。幌つきの荷台の屋根は豪雨に叩かれっぱなしで、外にはすさまじい音で落雷が鳴り響いている。手下が戻ってくるのには時間がかかるだろう……。
とりあえず、手下が娘を連れて戻ってくるのを待とうという話になった。
この女を始末するのはそれからだ。
異国に売るのなら娘の値段は金貨十枚で終い《しまい》だが、身代金を要求するなら、その価値は金貨百枚、百五十枚に跳ねあがる。それが女の言い分だ。
とにかく、まずは娘を捕まえ、それから娘の結婚相手の男を探さねばならない。その男がどんな男かを知っているのはこの女だけだから、それまでは生かしておく必要がある……。
女が生き延びたいばかりに適当な作り話をしているのではないかと、おかしらは内心で疑った。盗賊稼業は疑い深くなければやっていけないのだ。しかし、実際に目の前には金貨の山がある。これを見れば、娘には相当の価値があるのだという女の話も信ぴょう性を感じられる。娘本人を見れば、とてもそんなふうには見えない、ごくごく平凡なナリなのだが……。
──ところが、手下は根城に戻ってこなかった。
荒稼ぎ目当てにルーゲンの街に移動したあとも、合流できなかった。
あとで聞いた話によれば、宿の前で斬り殺されたという。護衛の男にやられたのだ。
盗賊たちは色めきたった。かたき討ちとばかりに、こうなったら何がなんでも娘を捕まえなければ気がすまないと騒ぎ立てる。おかしらも当然ながら不愉快な気分だった。仲間をやられて、何もなしで引き下がるわけにはいかない……。
『その結婚相手の男ってのは、貴族か、騎士だよ。その両方かもしれない。それは間違いないんだ! そいつは城にいたし、剣も持ってた。黒髪で長身の目つきの悪い男さ! 見りゃあすぐに分かるよ!』
女はもうすっかり仲間のような顔をして、そんなことを言いたてる。
しかしその首にはしっかり縄をつけて、手下に握らせておいた。それをマントで隠して歩かせるのだ。用心深いおかしらは、行きずりの怪しい中年女を心から信用したりはしなかった。
『貴族か騎士なら、馬上槍試合に出てくるかもしれねえな……』
おかしらは長年の勘を頼りに、そう言った。
手下たちも、そうに違いないとばかりに頷いた。
『あの子の連れのルーデックってやつは、結婚相手の男じゃないからね。そいつはただの貧乏騎士で、金なんか持っちゃいない。あんたたちが盗んだので全部さ。間違えちゃいけないよ、黒髪の男だよ!』
まくし立てる女を連れて、ついにあの日、馬上槍試合の会場へ行った。
毎年欠かさず荒稼ぎをしている場所だ。どこがどうなっているかは熟知している。
下っ端の手下たちはスリに行かせ、おかしらは、女と、目の効く手下を連れて会場内を歩きまわった。
長身の騎士と言われても、すぐには見つからなかった。試合に参加する騎士は頭にも冑をかぶっていて、顔が分からない。そのうえ名前も分からないのではお手上げだ。おかしらは、数千人の観客の中から目当ての人間を見つけるのはほとんど無理だろうと思い、さっそくのように諦めてしまった。危ない橋を渡って捕まえられたら目も当てられない……。
そんなことより、目の前の小銭稼ぎだ。
おかしらは女を手下に見張らせ、その仕事に集中した。
熱狂する観客の後ろに回って、とにかく荷物を盗みまくるのだ。
しかし、ほどなく、女を見張らせていた手下から意外な報告が入った。
『娘と、その結婚相手を両方見つけた』というのだ。
おかしらは慌てて戻った。(そんなにうまくいくはずがない)と思いながら。
しかし、女は得意満面の顔だった。『間違いない、絶対にそうだよ』と言う。
手下の報告によれば、その娘は上のほうの席から突然駆け下りてきたという。
それでまず娘を見つけた。
次に、娘が柵近くまで下りてきて必死に応援している騎士が『ルーデックという男だと分かった』という。
試合が終わったあと、そのルーデックという騎士と対戦していた相手の騎士が、娘を担ぎ上げて会場からいなくなってしまったらしい。女は『あっ! あれがあの子の結婚相手の男だ、間違いないよ!』と叫んだ。顔が見えなくても、背格好からして絶対にそうだと言い張る。
試合の対戦記録を調べに行かせれば、相手の騎士の名は“ファルス=ベリウス”となっている。
手下に後をつけさせ、宿の場所を確認した。
あとはトントン拍子にいった。
なぜかひとりで宿から出てきたという娘を急いで手下に追わせ、捕まえて荷馬車に押し込むだけだった。そして、宿にいるファルスという騎士には、朝方になってから伝言を伝えるようにと、よく使い走りにしている子供に言い聞かせた。
その前におかしら率いる盗賊一味は、大急ぎでルーゲンの街を離れた。夜のうちに。
女はルーゲンで逃がしてやった。なんだか薄気味悪い女で、殺したら殺したで祟られそうな感じだったから、もう関わりたくないというのがおかしらの本音だった。
──そして今、馬車が目指すのは南のトリエス港だ。
そこから船に乗り、朝が来たら出航する。
朝方になって娘が攫われたことを知った騎士は、急いでトリエス港へ駆けつけて来るだろう。
しかし、間に合わない。
船はもう海の上にいる。
騎士は仕方なく身代金を払い、『娘を返してくれ』と言うはずだ。──そうならないと困る。
トリエス港に残した手下がちゃんと金を受け取ったなら、あとは娘を返すだけだ。
何も殺すつもりはない。盗賊だからといって、無節操に殺人までしたりはしない……。
──身代金として要求したのは金貨二百枚だ。
普通はすぐに用意できる額ではないが、騎士なら、剣や鎧や指輪を全部売ればなんとかなる。
その金の用意のためにも、騎士がルーゲンの街を出るのは昼ごろか、あるいは夕方になるだろう。もしかしたら一日や二日では用意できないかもしれない。まあ、つなぎの手下は数日トリエス港に置いておくつもりだから、連絡は取れるはずだ。
よしんば金貨百枚しか用意できないとして、おかしらはそれで娘を解放してやるつもりだった。すでに十分稼がせてもらっている娘だから、それくらいはまけてやってもいい。
もし騎士がずっと港に来なければ、娘は奴隷商人に売るだけだ。残念だが……。
その場合は金貨十枚がせいぜいだ。
よほどの美貌、よほどの上玉というのなら別だが、南方の金持ちの目から見ても、あの娘にそれほどの魅力はないだろう。何しろひょろりと痩せていて、肉づきが悪い。ああいうのは人気がない。皿洗いや猫の世話など、下働きの人間として引き取られるのが精一杯だろう。
ともかく、それまではこの娘は大事な人質だ……。
「──それにしてもあの女、とんだ愚か者でしたね。おかしら!」
「ああ。結局金貨一枚手に入れられず、命からがら逃げていきやがった……。おかしなやつだ」
「正直者は馬鹿を見るといいやすが、馬鹿も馬鹿を見るもんですな!」
「はは、違ぇねえ!」
盗賊たちは、揺れる馬車の荷台に座り込み、大声で笑いあっている。
フィアはその笑い声を、薄目を開けて聞いていた。
──さきほど意識が戻ったばかりだ。
自分が馬車の荷台の隅に転がされていることや、体を固く縛られていること、口の中に血の味がわずかにすることを最初に理解した。そして、この馬車がどこに向かうのか、自分はなんのために攫われたのかを次に理解した。それらのことが、彼らの話を聞いているうちに少しずつ分かってきた。
つまり──自分はおばに売られたのだ。
これは、そういうことだった。


フィアは生まれてはじめて、心の底から神さまを呪いたくなった。
(どうして、こんな目にばっかり遭うの?)
悲しいというより、悔しさで涙がにじむ。
自分の何が悪かったのだ?
それとも生まれつき、こんなひどい運命を背負っているとでもいうのだろうか?
フィアは荒れた床板のうえに頬を乗せて、思うように動かせない体をよじった。
深夜になってかなり気温が下がってきたが、体には毛布一枚かけてもらえない。──寒い。
盗賊たちはすぐ目の前に、車座になって座っている。みな酒を飲んでいい気分になり、大声で騒ぎ立てているところだ。彼らは寒さなど感じないのだろうが、その声はひどく耳触りだった。
どうやらがたがたと揺れる馬車のせいで、酔ってしまったらしい。吐き気までしてくる。
フィアは、なんとか自分の心を落ち着けようとした。
けれど、難しかった。
おばに三度も裏切られたことが、さすがにショックだった。
一度目は『必ず迎えに来る』と言いながら、孤児院に置きざりにした。そして二度と来なかった。
二度目は金を盗んで姿を消した。一緒に旅をして、昔より心が通じ合ったと思っていたのに……。
そして三度目は、この盗賊たちに自分を売ったのだ。
それらのことを全部思い出すと、涙がどっとこみあげてくる。
(どうしてなの? ハンナおばさん……! どうして!)
心の中で叫んだ。
泣くまいと思ってもだめだった。涙はあとからあとからこぼれて、床に落ちていく。
後ろに回されて縛られた手では、涙を拭くこともできない。
口の中に布を押し込まれ、さるぐつわを噛まされているから、喋ることもできなければ泣き声も上げられない。それが救いといえば、救いだったかもしれない。泣きたいわけではなかったから。
盗賊たちは大騒ぎで宴会を続けている。後ろに転がっているフィアのことなど振り向きもしない。
フィアは懸命に息をして、胸を落ち着かせた。
(泣いたってどうしようもないわ。ここから逃げなきゃ……)
──でも、どうやって?
絶望的な気持ちになる。
今度こそ、自分は異国に売られるのかもしれない。さっき、そう話していたのを聞いてしまった……。
遠ざかっていく道の向こうに、月が輝いているのがうすぼんやりと見える。
それからまたしばらく馬車に揺られていると、次第に息も落ち着いてきた。
盗賊たちも騒ぎ疲れて、荷台のあちこちに体を伸ばして寝てしまった。それほど広い荷台ではないのに、大の男が何人も横になっているものだから、かなり狭くなった。フィアの目の前にも、鼻がぶつかるほどの距離に誰かの背中があるし、足には、誰かの足がどすんと重なっているという有様だ。
(そうだ。聖アルメリアにいるとき、ロゼッタが言ってたっけ……)
フィアは盗賊たちの寝息を聞きながら、ふと思いだした。
──『あんたみたいなグズは、悪いやつらに捕まって異国に売り飛ばされるのがオチよ!』。
まさにあの言葉の通りになったのだ。
それを思うと、情けないやら、かえっておかしいやらで、また涙が出てくる。
もう誰も助けてくれる人はいない。
一人きりだ。
──ひとり。この世界に、本当にひとりぼっち。
聖アルメリア女子修道院を出てから、いろいろなことがあった。あまりにもいろいろなことが。
でも、そのいつのときも、誰かがそばにいた。本当の意味で孤独になったことはなかったのだ。
今は誰もいない。誰も。
こうなるべきだったのだろうか。これが自分の受け入れるべき、運命の結末だったのだろうか?
フィアには分からなかった。
(神さまの試練があるっていうけど、これもそうだったのかしら)
ただ、ぼんやりと、そんなとりとめのないことを考えるだけだ。
それは聖書にも書いてある話だ。神から難しい試練を与えられ、財産も、土地も、家族も、何もかも失ってしまった男がいた。その彼が最後に掴んだものはいったいなんだったのだろう。──修道院ではまじめにお説教を聞いていなかったから、すっかり忘れてしまったけれど。
何があっても揺らがない信仰?
それとも、ただ絶望しただけ?
どちらなのか、フィアには分からなかった。もし自分なら、きっと挫けてしまうだろうに。
(でも、今、わたしには何もないんだわ)
ふと思う。
その男と同じように、振り返ってみれば、今の自分には何もない。
家族もいなければ、友達もいない。みんな遠くに行ってしまった。
家も仕事もなくした。結婚を約束した人は背を向けて行ってしまい、追いかけてきてくれた人には自分から背を向けたのだ。きっと怒っているだろう。朝になれば王都に帰って、自分のことなんか忘れてしまうに違いない。──そうなることを、他ならぬ自分自身が望んだのだけれど。
(そうだ……。何にもないんだ)
聖書の男と同じだ。
彼は神の試練によってそうなったけれど、自分は気づかぬうちにすべて失ってしまった。
馬車は規則的に揺れ続ける。
相変わらず、幌の向こうにはぽっかりとうつろな月が見えている。
(何も……)
『一人で立てる人間になれ』とエドアルドは言い、『人を信じるな』とルーデックは言った。
彼らの言ったことは正しかった。
でも、今になってフィアは思う。やっぱり自分はそんな人間にはなれなかったと。
(何もないわたしが、人を信じることをやめたら……いったい何が残るの?)
自分の胸に問いかけてみる。
──何も残らない。そう思えた。
いつだって、何をやったってうまくいかない。その連続だった。
神様は公平だ。祈り、信じる力のほかに、自分には何の力もくれなかったように思える。
でも、そうすれば、たいていのことはなんとかなってきたではないか。
それこそが、自分が神に見捨てられていないという証拠ではないのか?
もしかすると、信じることこそが“力”だったのかもしれない。
自分にとってはそれで十分だから、その力しかなかったのかもしれない。
自分に与えられた力。
──与えられた運命。
(信じる……?)
フィアは閉じていた目を薄く開いた。
(信じる……。……でも、何を?)
答えが、水底から浮かび上がるように胸に浮かんだ。
この世界を。
信じるのだ。
ここに生まれてきたのは自分の意志だった。ふと、そんな気がした。
ならば、もう覚えていないけれど、この不器用な生き方を選んだのは、きっと自分自身だったのだ。
(ここで終わりじゃない。そうよ……わたしは信じる。この先に道があると信じる……)
そうだ、心の底から信じさえすれば、何も怖いことなどない。
生も死も何もかも与えられたものだと思えば、これからどうなったって誰かを恨む必要もない。
朝になれば世界に光が満ちるように、ときがくれば道は開ける。
遮る扉があったって、それはきっと開くだろう。
自分のちっぽけな力によってではなく、運命そのものの力で──。

「……おい。たしかに“ファルス”って騎士に伝えたろうな? まさか人違いはしていまいな?」
「大丈夫ですよ、おかしら。あのガキは物覚えがいいですから」
「金貨二百枚の身代金が掛かってるんだぞ。使い走りのガキに任せて『人違いしました』じゃあ、話にならねえぞ!」
「だってあの女の言ったとおり、黒髪で長身の、ちょっとばかり目つきの悪いやつだって言っておきましたよ! 間違いありませんて!」

横になってひそひそ話す盗賊たちの声を聞きながら、フィアはすうっと目を閉じた。
彼はここへ来るだろう。何があっても。
そのことを疑うことは、もうなかった。