忠武路駅でアルミと
2018/航海日誌

明けましておめでとうございます(2/16)
今年の旧正月は例年に比較してずいぶん遅れてやってきました。新正月とあまりに離れたので、なんだか間の抜けたような感じが…とはいうものの、本来はこちらが本当の正月ですので、本年もどうぞよろしくお願いいたします。
記憶を失ったまま戦後を生きたもと朝鮮人日本兵(2/15)
2005年7月に日・韓の共同制作作品として上演された『沈黙の海峡』は、戦争中の過酷な体験で記憶を失って戦後は精神病院で一生を送ったもと「朝鮮人日本兵」の〈金田東真(金東真)〉が登場する作品です。「東京近郊のある精神病院で孤独な毎日を送る〈金東真〉だったが、日本人女性看護師〈由紀〉の献身的な看護で少しずつ記憶を取り戻していく。しかし断片的にしか記憶を取り戻すことができないままにけっきょく癌で亡くなり、看護師は彼の遺骨を抱いて韓国に向かう…」というストーリーです。「日韓友情年」の2005年に韓国と日本で上演されて両国から好評を得ました。

この作品は実際に記憶喪失で、戦後をずっと精神病院に暮らした「金百植(金原百植)」氏をモデルにした作品です。劇作家は新聞記事を読んでこの作品を思いついたと語っています。当該の新聞記事は『骨』(朝日新聞2004年3月28日付け)という見出しで、故金百植(金原百植)氏が1944年に日本軍に陸軍二等兵として徴兵されて戦地で心を患ったこと、それ以降の55年間、病院を転々としながら孤独な入院生活を過ごして2000年に癌で亡くなったこと、故郷の親族からは遺骨の引き取りはできないという返事が来たこと、したがって故人の遺骨は国平寺に安置されたままにあると書かれています。

しかし故人にまつわる事実はもう少し複雑で、涙なくしては語れません。じつは故人は外国人登録証を所持しており、それには京畿道○○郡○○面まで詳細に住所が記載されていました。国平寺側はこの記述を頼りに韓国に問い合わせたところ、「数か月後」に本人の確認と3歳の時に別れた実弟が存命であることがわかったのです。つまり精神病院に暮らした55年という年月のあいだ、誰一人として本国に故人の身元を確認しようという人物が現れなかったというわけです。病院側は亡くなっても身元に確認等はおこなわなかったということでしょうか。もし早期に身元確認を行っていれば、韓国に暮らす親族と連絡がとれたはずです。

次の悲劇は、親族から遺骨を引き取れないという返事がきたことです。朝日新聞には「先祖の墓もなく」遺骨は受け取れないという連絡があったと書いてあります。しかし別の媒体に掲載された記事では、「兄は志願したわけではないが日本兵となった以上は祖国(韓国)にそむいたわけであり、遺骨を引き取ることはできない」というのが遺骨の引き取りを拒んだ理由だとあります。劇団民芸が1977年に上演した『アレン中佐のサイン』(1977)は南太平洋の島に設営された捕虜収容所を舞台にした戦争批判作品ですが、この作品に登場する朝鮮人日本兵〈金石一等兵〉も劇中で「祖国には帰れない」と語り、敗戦で武装解除になった後は南海の島で生きることを選択します。あるいは2008年に特攻兵「タク・キョンヒョン(光山文博)」の慰霊碑を慶尚南道泗川(サチョン)市に建立しようとしたところ、地元の人々の反対でついに成就しませんでした。『沈黙の海峡』のラストシーンは〈由紀〉が遺骨を抱いて連絡船に乗り韓国へ向かうという場面ですが、はたして遺族は受け取ってくれるでしょうか…。弟さんが故人の遺骨を引き取ったのは2004年6月のことでした。おそらく紆余曲折を経ての4年だったと思います。

日本政府は対日平和条約が発効する直前の1952年4月19日(土曜日)に旧植民地出身者から日本国籍を一方的に剥奪しておき、講和条約の発効した二日後の1952年4月30日に公布された「戦傷病者戦没者遺族等援護法」は、「日本国籍が無い」ことを理由に朝鮮人日本兵・軍属に対する当該法の適用を拒否してきました。もと朝鮮人日本兵に対しては戦後一貫して何等の補償も行ってこなかったのです。金百植氏の最後の悲劇は、故人をモデルにした『沈黙の海峡』が「哀しくも美しい話」になっていることではないでしょうか。記憶を失なったままで戦後を精神病院で生きて孤独に死んだもと朝鮮人日本兵…この事実を作品にするべきではなかったかと思います。今日は故人の命日です。
謹賀新年(1/1)
明けましておめでとうございます。2017年は「尿閉」で一年を締めくくりました。これが厄落としになってくれることを願っています。

博士論文『(仮題)戦後日本演劇作品に描かれた朝鮮人・韓国人イメージの通時的変化』の作成に追われていて、このサイトの更新がままなりません。論文作成のために戦後日本演劇作品の中から朝鮮人あるいは韓国人の登場する作品をサンプリングしましたので、いずれはリスト形式にしてこのサイトで公開する予定です。お楽しみに。それでは本年もどうぞよろしくお願いいたします。
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© 岡本昌己