最初は遠慮がちの拍手だった。たしかにうまいのだが気の向くままに拍手をするには「しかし日本公演だし…」という、妙な自尊心がまだ残っているようだった。横の席の観客の視線を気にしながらおずおずとした拍手は公演中盤をこえてからしだいに大きくなったし、公演が終わって舞台の俳優たちが華麗な動線を描いて挨拶をする時は惜しみない喝采に変貌した。
「日本公演文化の開放を予告する斥候」「日本文化の国立劇場上陸」という敏感なイシューとともに世人の関心を集めた劇団四季の公演は、あえて勝敗をつけるなら日本側の一本勝ちで終わったわけだ。
敢えてあらさがしをするならば、劇団四季の『ジーザス…』に登場したキャラクターたちは本場の英国版や米国版の『ジーザス…』と異なり、歌やダンスでの俳優たちの性格がさほど鮮明ではない、没個性の部分を指摘する視点もある。
しかしこの部分はそうとうに専門的に見た視点であり、多くの一般観客には彼らが見せてくれた舞台美術と照明・音響の完璧な一致、それを土台にまるで歯車のように精巧に動く俳優たちの律動と歌唱力に感嘆を惜しまなかった。それは公演芸術であると同時に、あたかも上手に包装された日本の巻きずしやスマートな電子製品のように日本商品特有の魅力を充分に持っている。その魅力の前で観客(消費者)は魅了され、心(財布)を開くのは当然の結果かもしれない。
芸術公演を文化商品として包装する日本日本文化に対する韓国市場の開放は依然として論難の対象だ。しかし、いまやその論難は開放の可不可の問題ではなく、時期の問題にさしかかったとみるのが正しい。開放の時期は5年…10年後でもありうるし、すぐさま来年でもありうる。重要なことはまさにその時にわれわれも彼らの公演に堂々と肩を並べる作品と、それを作り出す力量を備えることができるのかという点だ。
多くの人々が今回の劇団四季の『ジーザス…』を見て、彼らが舞台メカニズムとミュージカル俳優の技量面で数歩先を行っていることに同じように共感した。足らない点があるとするならば、学ぶべきは当然だ。そんな点で劇団四季が見せた華麗な舞台の前面よりは、その後面をしっかりと覗き見ることが必要だ。
劇団四季の小澤泉常任理事は、自分たちの舞台メカニズムは決して一日でできあがったものではないことを強調する。
「われわれは30年前から舞台技術の発展に心血を注いできました。ベルリンのオペラ座など世界の有名劇場にスタッフを派遣して技術演習を受けたし、一流のミュージカルが日本公演を行うときは全スタッフが公演現場へくっついてかれらの技術を横から学びました」。
このプロセスを重ねながら、劇団内部には自分たちならではのノウハウを持つ技術人力が増えて行った。いまは劇団内部で一種の徒弟制度のように、先輩と後輩の間で技術移転がしぜんに行われていると言う。公演ごとに外部の専門家を迎え入れるPDシステムが持つ長所もあるが、劇団じたいの技術人力による公演の長所を小澤常任理事はこのように説明する。
「演出家の演出意図や技術人力のマインドが正確に一致するということが劇団四季の長所です。われわれはそれぞれの分野で最高の人を集めたからと言って、最高の公演ができるのではないと信じます。公演はチームワークです」。
日本の舞台メカニズムを紐解く時に見逃せないことは、公演芸術者と産業現場の技術者の協力関係だ。彼らはぜんぜん関係のないように見える者どうしがうまく集まり、技術討論を行い、そこから良い結果を引き出す。たとえば音響機器会社、コンピューター会社はとうぜんのこと、船舶会社やエレベーター企業、電気釜会社の技術とでも彼らはこだわりなく調和する。その結果出てきたものが最尖端の舞台の動きであり、照明であり音響だ。襟や袖に付けるピンマイクから、今は身体のどの部分にも付けることのできるマイクを開発、俳優たちの声を最高の水準で客席に伝達できるようになったのは、関連企業の積極的な協力で可能になったという。
すでに150名あまりの常勤技術者を保有している劇団四季は毎年20余名の技術者を新規に募集するなど、技術分野に対する人的・物的投資を惜しまない。
30年前から舞台技術に莫大な投資技術力の土台の上に、舞台に立つミュージカル俳優の環境に目を向けてみよう。
トップクラスの俳優が年俸1千万円ほど受け取る四季のミュージカル俳優は総250名あまり。ここに入り込むためには小難しい選抜試験と熾烈な競争の過程を経なければならない。
まいとし2000名あまりが志願する劇団四季の研究生募集で、最終選抜される人員は20〜30名ほどだ。これらは劇団四季付属の四季研究所で3年のあいだミュージカル俳優としての厳格な訓練を受けなくてはならないし、ここで生き残ってこそ年1500回の公演で日本全国を巡る劇団の正式メンバーにもぐりこむことができる。
正団員になったと言って、練習の強度が下がるわけではない。劇団団員であるならばだれでも月曜日から土曜日まで、まいにち午前に3時間のあいだクラシックバレーとジャズダンスの練習に参加しなければならないし、午後の時間は個人レッスンに専念するのがふつうだ。
劇団四季の代表であり演出家でもありながら毎週1回はかならず研究生を直接指導する浅利慶太氏は、今回の韓国公演中にも全ての俳優たちに宿題をひとつ与えた。ちょうど国立劇場で公演中の『唱劇イムバンウル』試演会を見てレポートを提出せよと。『ジーザス…』で司祭役を務めた中堅俳優オカモトタケオ氏は「独特の発声に感嘆した」とし、「演歌、歌舞伎などの発声は韓国から由来したのだろうか」と所感を明らかにした。そしてその所感はどのようにして自分たちの練習に反映できるだろうかという話も忘れなかった。
『ジーザス…』の公演期間にあいだ、舞台の裏を任されていた国立劇団のある関係者はこう語った。
「観客席からは見えないが、舞台の隅々に隠された小さな灯りの点滅でコーラスの拍子を合わせること、何かマイクに異常があるときに備えて全曲を録音したテープが同時に回っていることが印象的だった」。
しかしそれよりも、真っ暗な舞台裏で俳優たちがぶつからないように蛍光テープで動線を表示する点、湿気がこもらないように公演が終わるたびに全てのマイクをビニールで包む点など、目に見えない細心さがより重要な点として挙げられた。
ミュージカルの比重はこれからさらに大きくなるだろう。『キャッツ』『ジーザス…』など外国ミュージカルの来韓公演に押し寄せた観客らは、すでに国内にミュージカル愛好家が幅広くひろがっていることを実証した。劇団現代劇場、自由劇団、劇団脈土、劇団モシヌンサラムドゥル、エイコムなど、国内にもいまやミュージカル専門劇団が定着しつつある趨勢だ。「第18回ソウル演劇祭」で劇団脈土のミュージカル『ポンデギ』が大賞を受賞したこともミュージカルブームと無関係ではない。
わが国のミュージカルが進むべき道は大きく2つに圧縮される。ひとつは舞台メカニズムと訓練された俳優の保有であり、二つ目は西洋ミュージカルの踏襲を超えた独特の韓国型ミュージカル形式の開発だ。劇団四季はこの宿題をあらためて思い起こさせて、日本に戻った。