韓国作品の『ベニスの商人』が写実主義的な場面つくりに向かったなら、日本のク・ナウカの『マクベス』は場面作りが、その意味構造を考えさせるポストモダンの再現様式で構成された。この空間もやはりセリフと場面の果敢な再構成を通じてマクベスの無意識的欲望と孤独に焦点を合わせる。
マクベスの王権に対する欲望と王の殺害を前にして道徳的葛藤、そして夫人があおることに勝てなくてけっきょく死を迎える結果は東西の多くの観客にすでに慣れたストーリーである。
演出の宮城聡は多様な文化相互の影響力を見せる興味深い場面を見せてくれた。まずマクベスを除外したほとんどすべての人物が女性だ。セリフは無意識の世界の主体であるマクベスにのみ許されている。べつの登場人物は動作を行うのみで、セリフは女性コロスが引き受ける。ここでコロスはギリシア劇の影響力を、動作する俳優とセリフを語るコロスの分離はさながらインドのカタカリ公演を連想させる。舞台上に設置された数百個の風車は回りながら風を起こし、白色から赤色に色が変わる。無意識の欲望を風で比喩したのであろうか。
演出家はマクベスの劇中世界を男性的原理と女性的原理が葛藤する宇宙的原理を再概念化した。女性的エナジーに引かれて行く男性的エナジー。マクベスは一面の女性的エナジーで取り囲まれている。最後にマクベスを殺すマクダフの姿が女性系で、彼はローマ兵の兜のような髪の形をしている。この頃で言うならヒュージョン系の人物像だ。女児の姿をした三人の魔女は男性的原理と女性的原理のあいだで自身の位置を探しえない未完成の存在だろうか。あいだあいだに韓国の音楽を挟み込み、ボイスオーバーやコンピュータグラフィックを使用しながらも、マクベスと他の人物の衣装は変形された日本伝統の衣装を使用した。阿部一徳(アベ・カズノリ)は日本の武士のイメージのマクベスを創造した。このように、この公演はグローバル演劇の伝統をもとに多文化的影響を如実に見せてくれる。