――4枚目


 居場所は教えてくれた――もっとも、必ずしもそこにいるとは限らないらしいが。それなら責任を持って連れて行ってくれればと最後まで渡辺は食い下がったが、『迷』は決して首を縦には振らなかったし、そのまま姿をくらませてしまった。


「みっちゃん?――あの馬鹿が、またお節介を働いたということか」
 言われた通りの方向へと進むこと数十分、出会った相手に渡辺がいきなり「あんたがみっちゃん?」などと話し掛けた時には死ぬほどビックリしたが、とりあえず相手は特に怒った様子もなく、ただ心底呆れきった様子で溜息を吐いてそう言った。この溜息は俺達にではなく、『迷』に対してのものだろう。……いや、恐らく。

「それにしても、最初に会ったのが奴だったのは本当に幸運なことだ」
 俺達の話をしばらく黙ったまま聞いていたそいつは、穏やかな調子でそう言った。
 話をしながらチラチラと盗み見るようにして観察していたのだけれど、格好といい雰囲気といい、どう見てもあの『迷』の知り合いというようには思えなかった。確かにこいつも「俺達の言うところの普通の格好」ではないのだけれど、『迷』のそれとも大きく趣きが異なっていた。ものすごく簡潔に端的にいえば「落ち着いて」いる。

「奴は『まどい』ではないからそれなりに道は知っている」
 幸運という言葉にイマイチ納得のいかない顔をしていた俺達に、真剣と苦笑との間くらいの表情をする。知り合いってことは『迷』のヒトトナリをよく知っているんだろうなと思うと、何となくその表情には納得がいった。
「前にここを訪れた者など、キングに名を訊ねた所為で機嫌を損ねて三年は余計に留まることになった」
「サンネン?」
 冗談じゃない言葉に、俺の頭はイヤガオウニモ正確に認識せざるを得なくなる漢字変換を拒否したらしい。声が裏返らなかっただけマシだと思う。渡辺は何も言わなかったが、あれは声も出ない状態だっただけに違いない。
「名を名乗る習慣がないことも奴から聞いたか?」
 こちらが無言で肯定するのを見ると、奴は深く頷いた。空気がワンランク重くなった気がする。『迷』の言葉は、どれを取ってもどこかふざけたような、楽しむような軽さがあったのに対して、目の前の相手にはそれがない。……この二人は本当に交友があるんだろうか?不思議な感じだ。

「それ故、中には直接に名を訊ねられることをひどく嫌う者もいる。他人の名前を呼ぶ時に口にするのも基本的には真名まことなではない。たとえば、あいつが『みっちゃん』などとふざけた呼び方をするのも、真名をそのまま口にするよりは礼を欠く行為ではないという訳だ」
 俺が違うことを気にしている間に話が次へ進んでいる。淡々と必要最低限の反応しか見ていないようだ。そういうところもイチイチこっちのリアクションを面白がっていそうな『迷』とは対称的。

「じゃあ『迷』ってのも本名じゃないんだ」
 それまで大人しくしていた渡辺が突然そう言った。俺は驚いて危うく叫ぶところだった。
「無論、性質などを表わしているに過ぎない」
 俺の驚きをヨソに、渡辺の言葉には普通に返答があっただけだった。
 ……気が付かなかったのだろうか?俺達が『迷』の名を知っている、そのおかしさに。それとも奴の「お節介」には普通名乗らないはずの名前を教えるところまで含まれているのだろうか。
 ともあれ、何も言われないのにほっとする。……頼むから、少しは考えて喋ってくれ、渡辺。

「元来、名というものは他者がつけるもので自ら名乗るものではない。それ故ここでは呼び名の多くは他者がその性質などを見て取って相応しい名で呼ぶに過ぎない」
「相応しい名……」
 それは、実のところすごく難しいことではないのだろうか。他人の性質を判断して名をつけるなんていうのは。そう、現に俺は自分が今まで不自然に困っていたことに気が付いた――目の前の相手をどう呼べばいいのかわからなかったからだ、とやっと気付いたのだ。……流石にこの真面目で堅そうな相手を『みっちゃん』とは呼べない。


「忘れてた」
 渡辺がまた突然言った。今度は何を言う気だと身構える。
「俺、渡辺雄太。一応世話になったし、今度会ったらあいつにも言っといて」
 いきなり自己紹介をした渡辺に、相当面食らったようだ。男は一瞬目を見開いて、それから小さく笑う。俺は慌てて付け加えるように「俺は井上雅樹です」と頭を下げた。


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