区長制度研究会2

区長制度研究会中間報告　　　　　　町内会・地区会と情報回路　　　　　　区長制度の創造的破壊論

町内会・地区会と情報回路

1960年代，自治体が政策主体として自立しはじめた頃，各自治体には企画室とならんで広報室がもうけられたことは御承知のとおりです。まずここで《広報情報》と《政策情報》との区別を考えたいと思います。

これまで広報課が担当してきた広報情報は，各自治体では「自治体だより」「県広報」などとしておもに新聞形式をとり，時折，広告社まかせの刊行物出版，あるいはテレビ放送やビデオ製作，また市民集会，広報車など，最近ではインターネットなども加わっています。この広報については，戦後，アメリカ産のＰＲ（��）理論の影響を受けた理論化も行われていましたが，この理論も今日の政策情報にはふみこんでおりません。全国の自治体では，多様な工夫をこころみたにもかかわらず，自治体広報の実質はいまだに戦時動員をめざした町内会・部落会単位で組織された回覧板の現代版にとどまります。行政のアリバイづくりとしての上意下達です。

というのは《広報情報》は，政策決定「後」のお知らせ，つまり決定されたのちその周知徹底がめざされているからです。政策決定「前」に〈問題〉をあきらかにしてその解決をめざす政策をつくるための《政策情報》と，この広報情報は異なった性格をもちます。広報情報は長・議会ないし行政機構が決定した個別施策，つまり〈善政〉の広報となるためです。もちろん広報情報は不可欠です。災害緊急情報の伝達を想起してください。ですから広報情報は，自治体情報活動の第一段階として位置づける必要があります。

だが，ここで，広報情報の伝達は，おおくの市町村では今日もまだ回覧板ついで広報紙配布というかたちをとって，町内会・地区会（地区会はかつては部落会と総称された）を再組織する媒体という課題ももつことに留意したいと思います。都市型社会への移行に連れて，都市化の深化している自治体では，町内会・地区会の加入率がへりはじめ，底抜け状態になってきたため，ようやくこの町内会・地区会の組織化というムダな課題から解放されます。ここから回覧板はやめ，広報紙配布にはそれぞれ工夫がはじまります。たとえば新聞折込みですが，新聞をとっていない市民には郵送ないし駅前などの固定ボックスの利用などとします。あるいは嘱託配布員制度もあります。

つまり，戦時型の回覧板は，都市型社会にはいる1980年代以降ともなれば，共働きの家庭が多くなったこともあって，その役割は終わってきたのです。もちろん，いまだに町内会・地区会の未加入者には広報紙もくばらないというかたちで，市民差別をしている市町村すらみられます。そのうえ，この町内会・地区会は，新興住宅地域の自治会をのぞいて，御承知のように，規約すらもたず，役員人事，会計のあいまいさもみられがちのところもあります。これでは，官治下請の「抱括加入」をめざしたムラ規制の形骸といわれてもやむをえません。

地域での自由な市民活動となる「選択加入」の自治会への転換は，都市型社会への移行をみた今日，当然の要請です。むしろ，市町村行政機構がよりかかる下請組織ないし行政区画とするため，回覧板，広報紙配布などによって，市町村がこの町内会・地区会を再編しているところにこそ問題があるわけです。
しかも，ところによっては，この町内会・地区会は重宝がられています。民生委員などの地元役職者の選出，あるいは共同募金や街灯費などの拠出の基盤になっています。その婦人部は婦人会，老人部は老人クラブ，さらに防犯部は防犯協会，防火部は防火協会というようなかたちで，いろいろな行政機構の外郭組織となっているところもみられます。従来からの寄合施設の問題を整理せず放置している市町村では，建替の分担金まで各戸が強制税外負担しているところがあります。また，商店街，農協とかさなり，祭礼，葬式とむすびつき，また議員後援会を底支えするところすらあります。従来型の町内会・地区会にはもし自治会と名のっていても，ムラ規制を原型に，生活規制，行政規制，政治規制という三重の規制がはたらき，法制からみて大問題をもつわけです。また，財産をもつとき，法人にもなれます。

とくに市町村の行政機構が今日からでもこの下請利用をやめれば，町内会・地区会は市民の自由な自治会，つまり地域における相互共生，共同管理の組織として，市民の必要のかぎりで資源リサイクルなどの市民活動として再生し，様々の市民組織も新しく噴出するでしょう。事実，町内会・地区会という行政下請組織がなくても市町村行政はなりたちます。行政には不可欠というわけではありません。東京近辺では武蔵野市や小平市があります。そこでは，かえって，行政機構の市民にたいする責任が明確となっています。

町内会・地区会の役員の持廻りとなっているところでは，すでにその崩壊がはじまっているとみてよいでしょう。だが，多くの市町村は，いまだに行政下請組織として，町内会・地区会を「制度」として再編・利用していき，オノズカラシカル「自然」の組織，さらには日本「独自の美風」とみなします。この町内会・地区会では，自治体からの回覧板ないし広報紙配布は日常型の組織媒体として不可欠となっていたのです。
市民活動も，このため，市町村の窓口で，地域の問題は町内会・地区会をとおしてだすようにといって門前払いされがちです。市民のボランティア活動も，町内会・地区会と話合いがつかなければ「地元」の秩序攪乱者とみなされ，地域では孤立していきます。都心のヒロバでの市民集会はともかく，地域ではこの町内会・地区会の規制を突破できてはじめて，日本の市民活動は自立しうるのです。日本で地域におけるボランティア活動がひろく成熟しにくい背景も，ここにあります。

最近，関西大地震の教訓というかたちで，以上の実態ないし問題点をふまえない自治体職員や学者が，安易に，防災下部組織として町内会・地区会を再編しようと論じています。だが，現実の直接被災地では，町内会・地区会も市町村，県の行政機構とおなじく瞬時に崩壊します。その役員等が遠い親族・友人宅に脱出，あるいは予測されない事態もおこるからです。

直接被災地では，むしろ，市民型活動家があらたに登場してはじめて，市民による地域での相互共生，共同管理の態勢がつくられうるのです。そこでは，地域での市民自治が原初形態で再生いたします。これこそが関西大地震の教訓でした。

自治体は，その日常の広報手法について，将来は電子メディアに変わるとしても，崩壊しつつある町内会・地区会を安易に下請回路とすることなく，市町村の行政機構の自己責任で工夫していくべきです。コストも公開すべきですが，町内会・地区会への委託金，補助金，役職手当など，また庁内の担当行政職員の人件費を合算すれば，かえってムダづかいです。市町村が安易な町内会・地区会依存を停止すれば，町内会・地区会は市町村の下請行政区画から自立した市民の自治組織となり，市町村の政治・行政も町内会・地区会から解放されます。　　　　

（下線は永瀬が附した）　　　　松下圭一著「自治体は変わるか」（1999.10発行，岩波新書）より抜粋

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